2022年3月、東証マザーズ最後の上場企業となったギックス(GiXo)。同社は、独自視点のデータ分析に基づいた戦略コンサルティングと高度なアナリティクスの手腕が高く評価される気鋭のプロフェッショナル集団だ。BIPROGYと同社は2020年に業務提携を本格化。2022年6月には、新たな段階として双方の強みを生かした「顧客企業の高度な意思決定と実行を実現する支援モデル」の開発や「データインフォームド」のスキルを持つデータサイエンティストの育成・拡充を図っている。BIPROGY×ギックスによる取り組みは、企業単位にとどまらず、バリューチェーン、そして社会全体をも変革する可能性を秘めている。今回は、データインフォームドという考え方を軸にギックスの網野知博CEOとBIPROGYの齊藤昇が対談。時代の変化を捉えつつ、これからの社会像や未来に向けた思いを語り合った。
「新しい資本主義」の時代が到来。社会的価値と経済的価値の両立が焦点に
網野これまでは企業が行う事業と社会貢献は別物と考えられ、地球環境への影響よりも利益を優先する企業が多かったと思います。しかし、ここ10年ほどで企業環境は劇変しています。世界全体で脱炭素化の動きが加速度的に広がり、消費者の環境に対する意識も変化しました。その動きに呼応して、サステナビリティに注力する企業は増えています。
齊藤確かに環境問題への対応をはじめとするSDGsへの取り組みなど、今は事業利益だけではなく社会課題解決の両立、すなわち社会的価値と経済的価値との両立が企業に強く求められていると感じます。
網野小売店で販売する恵方巻を例に挙げると、需要が100個のところ200個仕入れて150個売れればよいのがこれまでの売上至上主義の考え方でした。売れ残る50個分の物流の無駄、産業廃棄物となるコストや地球へのストレスは黙認されていました。しかし、今は販売機会ロスを受け入れても、予約制を取り入れながら適切な量を販売し、無駄を減らす流れです。大量仕入れ大量陳列と比べると販売機会は減りますが、簡単にスマホで予約可能にしたり、「今年も恵方巻の販売があります」と顧客が忘れないようにプッシュ通知したりするなど、需要創造はデジタル化で対応を試行しています。企業に求められるKPIが売上から営業利益に変わり、企業は利益を創出するために、事業活動をよりリーン(無駄のない)な方向へシフトさせていると思います。企業の営利活動と地球への配慮が背反しない世界が少しずつやってきたと思います。
齊藤確かに「大量消費で残ったものは捨てればよい」との考えは変わり、環境負荷を減らしつつ有効に企業活動を実践していこうという意識が社会に広く浸透しつつあります。こうした時代背景もあり、BIPROGYはAI需要予測によって小売店の発注業務を自動化するサービス「AI-Order Foresight」を提供することで、サプライチェーン全体の在庫最適化や廃棄ロス削減を支援しています。当社が基本方針に掲げている「For Customer」が「For Society」へとつながり、その価値を拡げている代表的な事例でもあります。企業の経済的価値と社会的価値の両立を目指すためには、事業活動の意味や目的をサステナビリティの視点から捉え直し、業務の在り方を見直すことが必要だと痛感します。網野さんは、その見直しに際してどのようなアプローチが必要だとお考えでしょうか。
企業変革を促すデータインフォームドという実践知
網野業務の在り方を見直すには、DXを実現して事業活動をより無駄のないものにする必要があります。アプローチの1つが「データインフォームド」。そのポイントは、人間の判断を、データを用いてより論理的かつ合理的なものにアップグレードする点です。似た概念に「データドリブン」がありますが、こちらは、データ分析のアウトプットから判断を自動的に行う部分に力点があります。ビジネスの世界において、「データによって自動的に判断が下される」ことにたどり着く前に「データを人間が使いこなして判断を行う」ことで解決できる課題がたくさんあると考えています。例えば、日々のビジネスは、小さな意思決定の積み重ねで成り立ち、パターン化可能なものとそうでないものが存在します。分析して解釈し、実行した結果を振り返る積み重ねによって徐々にパターンが固まり、「この条件ならこの打ち手が最適」との判断が一定ルールに基づいて自動で行えるものもあります。一方で、打ち手の自由度が高ければ、パターン化は難しい。こうした場面では、勘や経験、度胸などに裏打ちされた“人間の判断”が意思決定の重要なカギです。データインフォームドは、その判断をデータによって補強・アップグレードして適切な意思決定につなげていくためのアプローチです。
齊藤なるほど。例えば、10万人の顧客を抱えた通販の企業があるとします。「購入金額や購入頻度の高い1万5000人の優良顧客にカタログを送ろう」との判断はデータドリブン的なアプローチですね。それだけで成果が上がらない場合、「優良顧客以外のお客さまの中からカタログに興味のありそうな層を抽出して、さらに5000人にカタログを送ろう」という新たな判断を下す必要があります。データから導き出される発見や示唆を、人間の判断材料として用い、柔軟に判断するのがデータインフォームドなのですね。
網野その通りです。新たな需要を開拓するために5000人にカタログを送る、つまり予算を見極めて追加投資をする判断は人間にしかできません。AIの進化も目覚ましいですが、AIは膨大なデータの中からパターンを出すだけで「考える」ことはしてくれません。私たちが分析したデータを見て、企業状況に照らした打ち手を考え、勝ち筋を見極めて実行していく。この営みを人間が行うことが、未来予測が困難な現在にあって、最も経済合理性が高いアプローチだと考えています。もちろん、データドリブンで自動化することも必要不可欠です。データインフォームドの営みを通じて、仕組み化・パターン化が可能であると判明した領域はデータドリブンを用いて自動化し、新たな価値創造のために時間を使っていくべきです。
齊藤解決すべき課題に対してデータインフォームドを通じて、適切な意思決定を行い、仕組み化・パターン化が可能であると判明した領域はデータドリブンを用いて自動化する。そして、また新たな課題に対してはデータインフォームドで対応していく。この循環は企業の成長、ひいては経済的価値と社会的価値の両立につながりそうです。先ほどAIに触れられましたが、残念ながらデータの使い方が分からないままAIを取り入れる企業も存在します。ギックスは分析したデータを可視化することで、企業と一緒に課題発見から伴走支援していますね。
網野実際に課題を見つけ出すのはお客さまです。膨大なデータを分析し、グラフや数値として構造的かつ体系的に可視化したものをギックスでは「地図」と呼んでいるのですが、適切な地図を見せれば、お客さまの方から続々と仮説が出てきます。そこからおのずと課題や目指すべき方向性が見えるので、解決に向けたアクションの実行とその施策検証を繰り返します。私たちはあくまでデータのプロフェッショナルです。玉石混交ともいえる膨大なデータの中から、どのデータを抽出し可視化すれば仮説を導きやすいか、その勘所に基づいた地図を作成することで、お客さまの課題発見力を導き出しています。
齊藤データインフォームドによって企業の課題解決に導いた事例も教えていただけますか。
網野ある飲料メーカーのプロジェクトに携わった際、10日間アプリを使わない利用者は離脱しやすいというデータを抽出しました。この場合、「利用者にアプリの存在を思い出してもらうために、毎週プッシュ通知を出して思い出してもらおう」と発想するケースも多い。しかし、通知を煩わしく感じる利用者も一定数います。この企業のマーケッターはこうした利用者の気持ちを心得ているセンスのある方で、「毎週月曜午前中にアプリを使用すると、利用者がインセンティブを得られる」方法をとりました。使用頻度が高い人だけでなく、離脱が予測される人へのフォローアップも視野に入れつつ、ユーザー視点に立った離脱防止策を実行したのです。
齊藤なるほど、毎週月曜日午前中にアプリを活用すると利用者がインセンティブを得るのは、単なる売上向上策に見えます。しかし、そうではなく、離脱の真の原因として突き止めた“10日間アプリを使わない”という指標を捉え、利用者の動向を踏まえて離脱防止の予防線を張ることが目的だったわけですね。「毎週アプリを使ってもらう」という自社課題が明確であった、まさにデータインフォームド的アプローチの好例だと思います。また、データドリブンで定期的にアプリのプッシュ通知やダイレクトメールを送るのではなく、「UX(ユーザーエクスペリエンス)」を意識した策を考えたところにKKDによるマーケッターのセンスが光り、功を奏したわけですね。
網野解決したい課題が認識できているか否かは重要です。実現したい姿が見えないまま施策を打っても、目先の反応が良くなければすぐにやめてしまうでしょう。今回のようにデータの裏付けがあり、目標とすべき地点が明らかであれば、マーケッターも試行錯誤してあの手この手を考えます。もちろん、勝ち筋だと思った仮説を検証しても結果が出ないこともあります。その場合はデータ活用のポイントがずれているのか、分析から読み取った打ち手が効果を発揮していないのか、あるいはその両方が原因のケースであると考えられます。しかし、結果につながらなくても、現状が悪くなることは基本的にありません。仮説を立て直して、検証を繰り返していけばよいわけです。
個々の顧客DXの先にある「社会DX」の実現
齊藤一般的にデータを使って何かすることは複雑に思われがちですが、データインフォームドはとてもシンプルですよね。「可視化されたデータを基に勝ち筋を見つけ、検証し、トライアルを繰り返す」。この循環を円滑にすることが企業変革の第一歩となりそうです。BIPROGYとしては、DXを「デジタル技術で業務プロセスやビジネスモデル・社会の仕組みを変革し、継続的な企業価値の向上と社会課題の解決に寄与する取り組み」と定義していますが、データインフォームドとはどのようにつながるのでしょうか。
網野DXとデータインフォームドは相性が良いと考えます。まず、現代はICTテクノロジーの進化によって企業のあらゆる活動がデータ化され、顧客の活動もデータ化されつつあります。この膨大なデータの中から、私たちが新たな気づきとなる切り口とそれを示す結果を指標として可視化することで、顧客の便益向上や自社の収益向上のために企業が取るべき打ち手が見えてきます。その仕組みをデジタルで構築し、DXをさらに加速させるとまた新たなデータが蓄積し、次の打ち手を見つけることができます。
齊藤なるほど、DXとデータインフォームドが相互に作用して企業価値を上げていくことは、まさに「For Customer」を掲げる私たちの目指す世界観と通じていると感じます。
網野ギックスはこの10年弱で約560件のプロジェクトに関わり、 企業変革を支援してきました。ただし、1つの企業がDXによって独り勝ちをしたのでは、社会課題解決にまではつながりにくいと考えています。BIPROGYはバリューチェーンでDXを進めることを推奨していますね。
齊藤業界ごと、また時には業界横断のバリューチェーン全体にDXインフラプラットフォームを拡げていきたいと考えています。1社のDXを10社、100社と拡大していくにつれ、データ予測の正確性が上がるなどのUX向上のみならず、生み出す社会的価値を大きく拡げていくことができます。
網野私が新卒だった約27年前、すでに「CPFR(※)」という考えがありました。メーカー、卸売業者、小売業者間で需要予測を行い、ズレが生じた場合には事前に調整することで欠品や余剰在庫の削減に努める考え方です。これまでCPFRが主流にならなかったのは、テクノロジーがついてこなかったことが大きな理由の1つでした。しかし、今ようやくテクノロジーが追い付いてきました。業界全体を巻き込むプラットフォームを作ることは実現可能な視野に入り、期待値も上がっていると感じます。ギックスはこれからも個々の企業課題に向き合いながらデータインフォームドの考えを浸透させ、BIPROGYはバリューチェーンという広い視野でDXを前進させる。そう遠くない未来がとても楽しみです。
※「Collaborative Planning Forecasting Replenishment」の略。メーカーと中間卸業者、小売事業者が相互協力して各商品の需要予測結果を共有し、的確に在庫を補充していく取り組みを指す
齊藤日本ユニシスはシステムの会社、ソリューションの会社だと認識されていたと思いますが、BIPROGYではシステムの構築だけにとらわれず、企業のその先にある社会全体を見据えたサービスを提供していきたいと考えています。いわば「社会DX」です。これまでお客さまのプラクティスを横展開することで、新たな価値を創造してきたように、これからは「1つの業界」「1つの産業」という大きな単位で実践知を横展開していけば、各業界の常識が変わっていきます。業界をまたがる取引もスムーズになり、掛け算的に大きな影響がもたらされるでしょう。そして、業界や産業全体を横断するようなDXプラットフォームが実現すれば、最適化・効率化が図られつつ、多様性あふれる個々のプレイヤーの知見が掛け合わさることでユーザーにとって本当にほしいサービスを提供することができますし、人手不足解消や資源を無駄にしないといった社会課題解決にもつながっていくはずです。