人間とAIの協働で認知症高齢者のBPSD発症緩和に挑む

RinzaTalkで音声入力した介護記録に基づき適切なケア方法をレコメンド

画像:TOP画像

超高齢社会に入った日本において、認知症高齢者にかなりの高確率で発症する暴言や妄想などの「行動・心理症状」(以下、BPSD)が大きな社会問題となっている。“課題解決型のデータ×AI”を「Rinza」として展開する日本ユニシスは、BPSDの緩和に取り組む認知症高齢者研究所と共同で、多面的なAI活用によって介護者に適切なケア手法をレコメンドするシステムの実証事業に参画。実際の介護施設においてBPSDの発症予防率74%を達成するという画期的な成果を上げ、パッケージ化/製品化に向けた次のステップへの期待が高まっている。

※ BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia。認知症の行動・心理症状を表す。暴言や暴力・抑うつ・妄想などの症状があり、環境・人間関係・性格などが絡み合って発生し、人それぞれ表れ方が異なる。

認知症高齢者へのケアと家族・介護者に対するサポートが急務に

社団法人 認知症高齢者研究所
代表理事
羽田野政治氏

総人口に占める65歳以上の割合が27.3%(出典:内閣府「平成29年版高齢社会白書」)に達し、世界の国々の中で最も早く超高齢社会に突入したわが国では、多くの課題が顕在化している。その1つが認知症だ。一口に認知症といってもアルツハイマー型や前頭側頭型、脳血管性認知症などさまざまなタイプがあるが、いずれも進行性の認知障害を伴う。まず記憶障害や見当識障害といった初期・中核症状が表れ、その極度のストレスから暴言や暴力、抑うつ、妄想といったBPSDをかなりの高確率で併発するのが特徴となっている。

今後、認知症を発症する高齢者は2025年までに700万人に増加するとも予測されており、患者へのケアとともにその家族、介護者に対してどのようなサポートを行っていくのか、社会全体として体制を整えていくことが急務となっている。例えば、認知症高齢者の行動や身体状況の変化をいち早く把握してニーズを見極めることや、家族や介護者の負担やストレスを軽減することなどが求められている。

この問題に長年にわたり取り組んできた認知症高齢者研究所の代表理事、羽田野政治氏は、次のように語る。

「認知症の介護を行っていくためには、BPSDの発生メカニズムに対する正確な理解が必要です。認知症という状態は脳の病気によって引き起こされる機能の障害ですから、1つ1つの症状には、それに対応した異常が潜んでいます。それらの実態を知らない限り、認知症患者の呈するさまざまなBPSDは、ただただ理解不能なえたいの知れない現象にしか見えないのです。しかし、そのメカニズムをよく知れば、手に負えないように思われるBPSDの不可思議な混乱状態も理屈に合った対策を考えることができるので、介護者の負担は軽減され家族は家庭内での介護を選択することが可能となります」

総務省の支援を受けた「認知症対応型IoTサービス」実証事業

認知症高齢者研究所は、多くの認知症の介護現場に従事しながら、認知症患者が示す激しい物忘れや異常行動によって人間関係を悪化させてしまうことを経験し、このような極めて悲しい事態を避けるべく課題解決に当たってきた。1990年代から機械学習をはじめとするITを用いた分析手法に取り組んできた同研究所では、過去15年間にわたって蓄積してきた約800万件の介護記録データを詳細に分類・解析することで、患者のさまざまな特性や症状のパターンに対応した1万5000を超えるケア方法を導出している。

そして、このような経験と考察の中から生まれた基本アルゴリズムを実際の介護現場に適用して検証すべく、総務省の「IoTサービス創出支援事業(平成29年予算)」の助成を受けた「認知症対応型IoTサービス」として実証事業を開始した。さまざまなIoTセンサーから収集した患者の睡眠・覚醒状態、心拍や呼吸、排泄、運動量などのバイタル情報(生体情報)、温度や湿度、照度などの環境情報をビッグデータとして統合。さらに、このプロジェクトに共同参画した日本ユニシスが提供した知的エージェントサービス「RinzaTalk」を用いて、介護者が音声で入力した介護記録と照合することで適切なケア方法をレコメンドするシステムを構築し、その精度や効果を実証するというものだ。

「要するに人間(介護者)とAI(人工知能)を介護現場で緊密に協働させることで、認知症によるBPSDを緩和することを目指します。介護者から入力された介護記録および実施したケアの結果は新たなエビデンス(教師データ)としてシステムに反映され、学習モデルの精度を高めていきます」と羽田野氏は強調する。

「認知症対応型IoTサービス」の概要

豊かな社会づくりに貢献する「日本発のAIコンテンツ」として展開

実証事業の舞台となったのは高知市のあるグループホームとケアハウスで、2017年10月から介護記録の入力を開始。翌11月から2018年2月までの4カ月間をかけて実際の介護での実証を行った。

同システム構築および適用で日本ユニシスが最も工夫したのは、介護者がRinzaTalkを用いて音声で介護記録を入力する部分である。生活支援記録法と呼ばれる介護記録の標準形式に基づいて入力する必要があるが、フリーな言葉でその内容を語り尽くすのは非常に困難であり、結局「これまで通り文章で手書きしたほうがラクで面倒がない」という状況に陥りかねない。こうした課題をどう解決するかが、認知症介護の最大の難問となっていたのだ。そこでシステムから出される質問に対して“一問一答”でやりとりするシナリオを作成した。「現場のニーズに応じて会話シナリオの変更や特定用語の学習が柔軟に行えるRinzaTalkのおかげで経験の浅い介護者も、必要な記録内容の入力を正確かつスムーズに行うことが可能となりました」と羽田野氏は語る。

この実証期間を通じて最初の段階で確認されたBPSDの発症件数は149件だったが、1カ月以内にそのうちの49%が消失。その後も2カ月目に16%、3カ月目に7%、4カ月目に2%と順調に消失していき、トータルでBPSDの発症予防率74%を達成することができた。また、介護者に対するアンケート結果からも、BPSDの減少によって介護負担が25%削減したことが確認されている。

「これは予想を上回る画期的な効果です」と語る羽田野氏は、次のステップとして同システムおよびブラッシュアップされた学習モデルを茨城県、栃木県の介護施設にも適用して検証を進めていく計画だ。そして、「複数の施設において高知市と同等のケア精度を得られたならば、汎用的なシステムとして実用レベルに達したことを実証できます。さらにその先では、豊かな社会づくりに貢献する日本発のAIコンテンツとしてグローバルに提供していくことも可能となります」と、今後の展開を見据えている。

日本ユニシスとしても今回の実証事業から得られた多くの知見とシステム構築・適用ノウハウのパッケージ化/製品化に積極的に取り組み、「顧客・パートナーと共に社会を豊かにする価値を提供し、社会課題を解決する企業」として、認知症高齢者研究所の構想を後押ししていく意向だ。

関連リンク