ビジネスと社会課題を両立する障がい者雇用のこれから

多様性を生かし変化に強い組織をつくる

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現在、広く推進が図られている「働き方改革」は、急速に進む少子高齢化や生産年齢人口の減少への対応だけではなく、イノベーション促進などを通じた社会活力の創出に主眼が置かれている。そうした中、民間企業に義務づけられる障がい者の法定雇用率が2021年から2.3%に引き上げられ、間もなく障がい者雇用の在り方を真摯に問われる時代が訪れる――。今回は、『新版 障害者の経済学』(東洋経済新報社、2018年)の著者として知られる慶應義塾大学教授の中島隆信氏、ならびに日本ユニシスグループとの協業を含めて障がい者雇用に取り組むスタッフサービスグループの田口歩実・亀井宏之の両氏をゲストに迎え、日本ユニシスグループの宮下尚・寺嶋文之とともに「障がい者雇用」をキーワードにした働き方改革・組織改革の在り方を考えてみたい。

日本ユニシスとスタッフサービスの
障がい者雇用への取り組み

――まず、中島先生が障がい者をテーマに研究を重ねておられる背景と、障がい者雇用に関する現在の社会的位置づけについてお聞かせください。

写真:慶應義塾大学商学部教授 中島隆信氏(1)
慶應義塾大学 商学部
教授 中島隆信氏

中島 障がいがある子どもの親としての立場から関わり始めたのですが、「障がい者本人と家族が置かれる環境を中立的に語るべき」と考え、経済学者の視点を取り入れた研究を続けています。『障害者の経済学』(初版、2006年)の執筆から実に10年以上の月日が経過し、日本は、以前にも増して少子高齢化や人口減少、低成長という大きな社会課題に直面するようになりました。一方で、出産・育児や家族の介護などさまざまな「社会的障がい」によって働くことが難しい状況にある人も大勢います。こうした人々の雇用機会への阻害要因を取り除いて社会参加を促進し、場所や時間に縛られない柔軟な働き方改革を推進していく必要があります。いわゆる「一億総活躍社会」の実現はこの先にあると考えています。しかし、多くの企業は「社会的使命を果たす」といった義務感やCSR、法定雇用率への順守などの観点から障がい者雇用を捉えています。そうではなく、多様性を取り入れ、イノベーションの起爆剤に変えていく経営合理性を伴う取り組みの一部として、障がい者雇用を捉えるべき時代がすぐそこに来ています。

参考 障がい者雇用の現状

  民間企業全体 特例子会社
雇用障がい者数 56万608.5人 3万6774.5人
身体障がい者 35万4134人(63.2%) 対前年比2.3%増 1万1939.5人(32.5%)
知的障がい者 12万8383人(22.9%) 同6.0%増 1万8885.5人(51.4%)
精神障がい者 7万8091人(13.9%) 同15.9%増 5949.5人(16.2%)
表:参考 障がい者雇用の現状

(出典)厚生労働省「令和元年 障害者雇用状況の集計結果」より作成

雇用障がい者数、実雇用率ともに過去最高を更新し、雇用障がい者数は56万608.5人(前年比4.8%増、短時間労働者は0.5人でカウント)、2019年6月1日現在で特例子会社の認定を受けている企業は517社(前年比31社増)に上る

――日本ユニシスグループ、NULアクセシビリティにおける障がい者雇用の現状について教えてください。

写真:日本ユニシス株式会社 業務執行役員CRMO・CISO・CPO 宮下尚
日本ユニシス株式会社
業務執行役員CRMO・CISO・CPO 宮下尚

宮下 日本ユニシスグループでは、中期経営計画として社会課題の解決を目標に掲げています。多様性の確保や一億総活躍社会の実現に対して、どのようにICTを活用していくのか模索を続けています。こうした中、「ウェブアクセシビリティ検査(※)」の存在を知りました。詳細に業務内容を確認し、「通勤が困難なために、これまで企業への就職ができなかった方たちでも就業できるのではないか」と考え、約2年前に特例子会社「NULアクセシビリティ(NAL)」を設立しました(参考:障がい者が活躍する事業会社「NULアクセシビリティ」始動)。現在、NAL従業員数7人のうち5人が障がい者で、徳島県で在宅勤務を行っています(編注:2020年8月時点)。

※ Webで提供される情報が利用しやすく取得できるような配慮が施されていることを専門検査員によってチェックする仕組み。国際規格もあり、日本でもJISのガイドラインが公示されている。

写真:NULアクセシビリティ株式会社 代表取締役 寺嶋文之
NULアクセシビリティ株式会社
代表取締役 寺嶋文之

寺嶋 NAL社員はNALでの就業以前に企業で働いた経験がないため、社会人として一般常識から丁寧に教える必要がありました。また、障がいの種別や程度、障がいを負った経緯、生い立ちなどを考慮して個別対応する必要があり、この点は労力と時間、配慮を要しました。さらに、「伝えたと思っていたことが伝わっていなかった」「ちょっとした質問がしにくい」などリモート環境ならではの課題も抱えています。しかし、リモート環境で各種の改善を積み重ねることは、グループ全体の働き方改革に向けたトライアルとしての意義も大きいと感じます。加えて「ICTを活用することで障がいのある方でも企業で就労できる点が証明できれば、全国の特別支援学校の方にとって希望になるはず」という信念を胸に、現在も試行錯誤を続けています。

――スタッフサービスグループにおける障がい者雇用の取り組みはいかがでしょうか。

写真:株式会社スタッフサービス・ホールディングス 取締役 兼 執行役員 田口歩実氏
株式会社スタッフサービス・ホールディングス
取締役 兼 執行役員 田口歩実氏

田口 スタッフサービスグループは、主婦や高齢者、外国人労働者の方たちなど働く意欲のあるすべての方に機会提供することを目標に「チャンスを。」という経営理念を掲げています。障がいがある方々にもこうした文脈の中の1つとして雇用を推進しております。現在、グループ従業員数約4000人のうち653人が何らかの障がいがあり、274人がフルタイムで在宅勤務しています。さらに派遣スタッフの雇用主は派遣会社なので、現在スタッフサービスグループが派遣している約8万人のスタッフの中にも法定雇用率の算定対象になる人が数多くいます。このため従業員の規模に比べて大変多くの障がい者の方々の支援を誠実に対応しなければなりません。こうした背景の下、2000年に「スタッフサービス・ビジネスサポート」を設立し、今年4月には在宅勤務を支援する「スタッフサービス・クラウドワーク」を設立しました。その代表は、ともに亀井が務めています。

従来の障がい者雇用からの脱却で
もたらされた変化と新しい課題

――NALとスタッフサービスグループの協業には、どのような背景があったのでしょうか。

写真:株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 代表取締役社長 亀井宏之氏
株式会社スタッフサービス・クラウドワーク
代表取締役社長 亀井宏之氏

亀井 2021年に法定雇用率が2.3%に引き上げられます。通勤型の障がい者雇用だけで達成するのは難しい数字です。また、従来のように業務から軽作業だけを切り出すなど、コンプライアンス順守のために無理に捻出した「障がい者のための仕事」では経営効率が悪化します。なるべく負担をかけずに生産性向上につながる業務に参入したいと考えたときに、NALが手がけているウェブアクセシビリティ検査を知りました。在宅型かつ通信で完結する、まさにニーズに合致した事業だったので「ぜひやらせてください」と寺嶋さんにお声がけしたことがきっかけです。そして、2019年10月に障がい者のテレワークによる業務領域の拡大に向けて業務連携を開始しました。

寺嶋 NAL社員にとっても、他の企業の人との協業が「私たちも負けないように頑張ろう」という切磋琢磨の意欲につながっています。あるメンバーは、対人コミュニケーションが苦手だったのですが、今ではスタッフサービス・クラウドワークさまとのWeb会議にも参加して発言できるようになりました。協業によって先輩的な立場になり、そこで得た自信や経験が前向きな変化につながるのを目の当たりにして心が震えました。特例子会社同士の協業は、双方にとってとてもよい価値を生み出していると思います。

宮下 他者から頼られる立場に立つ経験を通じ、仕事への姿勢も、もらった仕事をこなす状態から、積極的に取り組んでいく姿勢へと少しずつ進化しています。

亀井 自分たちで試行錯誤しながら仕事のやり方を組み立てていくのが成長の源泉ですし、彼らなりのやり方で、徐々に自走できる集団になってきています。

寺嶋 障がいの有無にかかわらず、一緒に働いていけば組織としてでき上がっていくのは必然です。しかし、彼らは社会経験の少なさからどうしても時間がかかる側面もあります。リーダー職は、それを認め、あまり口を出さずにうまくサポートしていくことが、障がい者雇用に必要なスタンスなのかもしれません。

中島 障がいがある当事者たちも交えて、一緒に働き方を考えている点が非常に興味深いですね。本社機能が充実している大企業ほどいわゆる「障がい者のための仕事」からなかなか抜け出せないものです。このように障がいがある方たちが戦力化できている点は、日本ユニシスというITの企業だからこそ持つ強みかもしれません。

――協業によってよい循環が生まれている一方で、課題はないでしょうか。

宮下 技術力をキープしながらサービスを提供し続けられるかどうかがカギです。また広く市場に受け入れられるサービスとして契約に結びつけていくことが今後の事業継続にとって重要な視点です。

亀井 当社としては、基幹業務の中から補助業務を切り出す「障がい者のための仕事」からいかに脱却してもらうかが問われています。また、在宅勤務では、オンラインツールの活用でコミュニケーションが活発になる中、私たちがより効果的に支援するためにはどうあるべきかを模索しています。そのカギは、「信頼関係をいかに築けるか」にあると感じています。

――中島先生が考える障がい者雇用の課題とは何でしょうか。

中島 従来「障がい者雇用の安定化」といえば、なるべく1つの仕事に定着させることが目標でしたが、産業構造の目覚ましい変化の中で、企業の安定と雇用の安定はイコールではなくなってきました。「障がいがあっても、その能力が労働市場の中でどのように活躍できるか」という視点から、雇用の在り方を見直すことが大切ではないでしょうか。例えば、担当業務がなくなったとしても、別の業務で必要とされる、あるいは他の企業に活躍の場があるかもしれません。障がいがある方は健常者に比べて、業務や環境変化に機敏に対応するのが難しい傾向があります。しかし、きらりと光る力を持つ方も多い。重要なのは、周囲が働きやすい環境の構築という面から配慮しつつ、その能力がどう生かせるのかを考え、うまくサポートする必要があると思います。こうした取り組みは、就労形態の多様化を後押しするため、働き方改革の促進にもつながっていくでしょう。

障がい者雇用を通じて
よりしなやかな働き方のできる社会へとつなげる

――今後の展望などをお聞かせください。

宮下 今から10年後の2030年はSDGsの最終年でもあります。未来のビジョンを考える上では、例えば目標8「働きがいも経済成長も」の実現に向けて私たちも変化し、成長していく必要があります。まずはウェブアクセシビリティ検査を軸として、少しずつできることを増やしていきたいと考えています。

寺嶋 現在は主に日本ユニシスグループ内や行政機関などがメインの顧客層ですが、今やWebは全世界で使われています。よって、ウェブアクセシビリティ対応の必要性は日本国内にとどまりません。NALは多様な背景を持つより多くの方が働ける企業となり、しなやかな働き方の実現と事業拡大を目指していきたいと考えています。

田口 スタッフサービスグループは、次の10年に向けて新しいビジョンを描こうとしている最中です。現在は「VUCA時代(※)」とも呼ばれる不確実性の高い時代です。今後、さらに大きなパラダイムシフトが起こる中で、働く意欲のある人が1人でも多く働けるよう、私たち自身が進化して、高い価値を提供ためにチャレンジしていきます。

※VUCA(ブーカ)とは、 「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字を取った言葉。移り変わりのサイクルが短くなった近年のビジネス環境を指す言葉として用いられることが多い。

亀井 情報セキュリティ面への配慮や物理的に目が届かないことなど在宅勤務の障がい者雇用にまつわる不安や偏見を1つ1つ解いていきたいと考えています。そして、「障がいがある人も自由に働けるのだ」という認識を広げていきたいですね。

中島 ダイバーシティや多様性に富んだ組織のメリットはさまざまです。しかし、一番は「変化に強い」ことです。なぜなら多様性を受け入れる中で小さな変化を経験し続け、組織の意思決定や在り方がしなやかになっていくからです。コロナ禍においてそうだったように、社会に大きな変化が起きれば、誰もが社会的に障がいを負う可能性があります。その意味において障がい者雇用は決して特殊な事案ではありません。多様性を前提とすることで、今後の変化にも十分に対応できる強い企業や社会をつくっていけるのではないでしょうか。

写真:慶應義塾大学商学部教授 中島隆信氏(2)

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