表舞台から遠ざかるコンピュータの記憶を未来へつなぐ「覧古考新プロジェクト」

京都情報大学院大学・京都コンピュータ学院×BIPROGY|次世代デジタルアーカイブで拓く知の探索体験

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時代を映してきたコンピュータの記憶や記録は、目覚ましい技術進化による世代交代と新機器の登場を経て、失われつつある。例えば、その1つが1980年代に活躍したコンピュータ「UNIVAC 1100/20(以下、ユニバック)」だ。BIPROGYグループともゆかりの深い本機は、磁気コアメモリから半導体メモリへの移行という歴史的な転換点を体現したコンピュータだが、時代の流れの中で世代交代し、現存する実機も情報も少ない。そして、ユニバックに限らず、多くの記憶や記録が現在進行形で消えている――。こうした危機感から、日本初のコンピュータ教育機関である「京都情報大学院大学(KCGI)・京都コンピュータ学院(KCG)」とBIPROGYが共同で立ち上げたのが「覧古考新プロジェクト」だ。KCGが60年以上蓄積してきた歴史的なコンピュータ資産をデジタルアーカイブ化し、“新たな知の探索体験”を提供する。さらに、その先には次世代型のイノベーション創出の起点として育てていくことを目指している。その現在地と未来展望をプロジェクトの主要メンバーに聞いた。

産学連携でコンピュータの歴史を次世代に継承する

――プロジェクトを設立したきっかけを教えてください。

三浦プロジェクトは、2017年に京都情報大学院大学・京都コンピュータ学院(KCGグループ)とBIPROGY(当時、日本ユニシス)が産学連携協定を結び、共同で設立した「未来環境ラボ」を発端としています。「未来を考えるためにも、過去の技術を知ってもらおう」という発想から、コンピュータの歴史を再認識してイノベーションを起こす場・空間を創出することを目指して2017年以来、多角的に共創を行い、2024年10月に「覧古考新プロジェクト」がスタートしました。

写真:三浦仁
BIPROGY株式会社 総合技術研究所 主席研究員 三浦仁
(「覧古考新プロジェクト」事務局)

この取り組みの主要メンバーは5名で、KCGの岸本さんは収蔵品に関する情報提供を、日本ユニシス(2022年にBIPROGYに社名変更)のOBでもある橋本さんはKCGとBIPROGY間の調整を担ってくださっています。そして、ユニアデックス(BIPROGYグループ)の木村はレガシーコンピュータ(特にユニバック)に関する情報収集を、BIPROGYの山田がプロジェクト提唱とさまざまな技術的実装を担当し、私がプロジェクト全体の調整を行っています(参考「BIPROGYグループの歴史」)。

――なぜ、過去の技術を知ることが大切なのでしょうか。

写真:山田茂雄
BIPROGY株式会社 総合技術研究所 共創デザイン室 主席研究員 山田茂雄
(「覧古考新プロジェクト」提唱者、デモプログラム、プロトタイプ作成)

山田技術は、一般的にその時代に人々が抱えていた社会的な課題を解決することで進化を遂げてきたと理解されています。コンピュータの今後を考えるうえでは、こうした各時代の技術的な発展に学び、歴史的な転換点となった出来事を理解し、未来を見据えることが不可欠です。しかし、現在は技術が進化している一方で、その記録が失われつつある状況も見受けられます。

1980年代のコンピュータを例に挙げると、設計資料やレファレンスマニュアル、操作マニュアルなどの書物は廃棄され、それらの資料がアップロードされていたWebサイトは閉鎖されています。こうした状況を踏まえ、将来を担う世代に貴重な記録や記憶を継承し、「知の探索」ができる環境を残さなければならないと考えました。

写真:木村達郎
ユニアデックス株式会社 シニアテクニカルアドバイザー 木村達郎
(ユニバックに関するアドバイザー)

木村私は、約20年間メインフレームのOS開発・保守を担当してきたのですが、コンピュータの基礎的な仕組みを学ぶ機会が、以前に比べて少なくなっているのではないかと感じています。これは、小型化したコンピュータやスマートフォンが主流となり、コンピュータの基礎について学ぶ機会が減っていることが大きな要因だと考えています。そして、残念ながらユニアデックスの社内にも、自分たちが扱ってきた歴代のコンピュータに関する資料はあまり残っていません。紙の資料であればなおさらです。そんな状況の中、KCGにユニバックの実機があると聞いたときは、本当に驚きました。

KCG内に展示されている「ユニバック」の実機

写真:扉を開いたユニバックの大型コンピュータ筐体内部。配線や制御パネルが見える。

例えば、パソコンやスマホに慣れている若い世代でも、当時活躍していた大型のコンピュータが実際に動く姿や内部の仕組みを目の当たりにすれば、当時の技術者たちが何を考え、どんな工夫を積み重ねてきたのかを実感できるはずです。その体験は、技術への学びを深めるだけでなく、コンピュータを“作る側、動かす側”の世界への関心を呼び起こすきっかけにもなると期待が高まりました。

――KCGが歴史的なコンピュータを保存しているのはなぜでしょうか。

写真:岸本詳司氏
京都情報大学院大学・京都コンピュータ学院
総務部 岸本詳司氏(KCGコンピュータミュージアム担当)

岸本KCGの初代学院長である長谷川繁雄は、「コンピュータは人々の生活を支える文化」という考えを持っていました。こうした思いから、本学では実習用に導入したコンピュータを文化的に価値があるものと考え、ほぼ全てを保存してきたのです。その積み重ねにより、保有するコンピュータ関連の収蔵品は、優に1000点を超えています。収蔵品の中には、BIPROGYととても縁の深いユニバック 1100、2200や情報処理技術遺産(一般社団法人情報処理学会)の7機種をはじめ、IBM360なども保存しています。

KCGの外観と「KCGコンピュータミュージアム」の一例

写真:KCGの外観。壁面に「kcg.edu」の看板がある。

「KCGコンピュータミュージアム」の一例

写真:館内展示の案内パネルと、ENIACの解説ボード、初期の大型コンピュータや周辺機器を並べた展示風景(コラージュ写真) 写真:KCGコンピュータミュージアムの展示。大型メインフレームや磁気テープ装置、操作卓などのレトロなコンピュータ機器が並んでいる。(コラージュ写真)

デジタルアーカイブで実現する「知の探索体験」

――構築を進めている「KCGコンピュータミュージアム2.0」について教えてください。

山田これは、KCGの展示物・所蔵物をデジタルアーカイブ化し、新たな知の探索体験を提供するWebサイトで、現在の計画では2026年10月の公開を予定しています。

デジタルアーカイブとは、有形無形の記録をデジタル化して保存し、後世まで活用可能な形に整える取り組みです。本プロジェクトでは、資料の検索を支える付加情報(メタデータ)として、一般的な「タグ付け」ではなく、資料同士の関係性を地図のように構造化する「知識グラフ」を採用しました。従来のタグは、個々の資料に「キーワードを貼る」方式で、分類や検索には便利ですが、資料同士のつながりや文脈まではわかりません。一方、知識グラフは、個々の資料をその関係性に基づいて網の目のようにつなぎ合わせる技術なので、アーカイブは断片的な情報の集積ではなく、文脈を持った「知識」として活用できるようになります。知識の網を自由にたどる探索が新たな気づきを呼び込みます。関連する資料を芋づる式に引き出し、未知の知識と偶然出会う。このミュージアム2.0は、そんな多角的な「知の連鎖」を楽しめる場所です。

例えば、「1980年にKCGでは情報処理教育が行われていた」という情報から、「当時使われていた、旧高野校大型計算機センターにあったユニバック」という情報へ。さらに、ユニバックの記憶装置の写真、メモリーカード、ICチップ……とパーツにズームインしながら、情報を探索できます。

――デジタルアーカイブは、「記録・記憶の継承と(再)構築」「コミュニティを⽀える共有知識基盤」「あらたな社会ネットワークの形成」という3つの価値に沿って構築を進めたそうですね。

山田1つ目の「記録・記憶の継承と(再)構築」の実現では、デジタルアーカイブを長期にわたって価値のある媒体とするため、その情報アーキテクチャに、文化遺産情報化の国際規格である「CIDOC CRM (ISO 21127:2023)オントロジー」を組み入れました。これは曖昧な概念や複雑な関係性を論理的に体系化し、異なるシステム間でも意味を保ったままデータを共有できるようにするフレームワークです。本プロジェクトでは、映像や文書などの一次資料を保存しつつ、それらの関係性をオントロジーに紐づけて知識グラフとして二次資料に再構成することで、資料同士の関係が自在にたどれるようになり、より複雑で精密な検索や新たな知見の発見など、高度な情報活用を実現します。その結果、アーカイブを将来にわたって活用できるようになります。

2つ目の「コミュニティを⽀える共有知識基盤」は、知識を共有する場であると同時に、新たな知識を生み出す「共創」の場でもあります。過去の技術を学び、ここから新しいアイデアを生み出し、その新しい知識もまたアーカイブに加えられていく。

そんな学びと創造の循環を目指しています。単に情報を得るだけではなく、背景にある文脈や別の情報との関連性も正しく理解することが、「覧古考新」を実現していくためにも重要だと考えています。

「覧古考新プロジェクト」の全体像とデモ動画

3つ目の「あらたな社会ネットワークの形成」とは、他のミュージアムとの連携を意味します。本プロジェクト単独でのアーカイブには限界がありますが、世界共通規格を採用することで、世界中のアーカイブとの相互連携が可能になります。さらに、ハードウェアに留まらず、アルゴリズムやプログラミング手法といった「計算技術(コンピューティング)」を含めた記録全般を共有できるように構築しています。

実機が動いた瞬間――プロジェクトの手応えと未来展望

――プロジェクトを進める中で、印象的なエピソードはありますか。

写真:橋本昇氏
京都情報大学院大学・京都コンピュータ学院
サステイナブル・オープンイノベーション・センター
セクレタリージェネラル 橋本昇氏(覧古考新プロジェクト事務局)

橋本忘れられないのは2024年12月21日、ユニバックのランプが点灯した日です。2025年1月に開催される京都府情報産業協会 新春セミナー(KCG共催)での展示が決まり、2024年10月頃に倉庫に眠っていた実機を引っ張り出しました。そこで「往時の雰囲気を来場者に感じてもらうためにメンテナンスパネルのランプを光らせよう!」との話が持ち上がり、木村さんとKCGの久保田英司先生が約2カ月試行錯誤し、ついに成功させたんです。

木村ユニバックには約500個のランプがあり、ネオン管が使用されています。各ネオン管モジュールからは4本のピンが出ており、どこに何の信号を与えれば光るのか全く分かりませんでした。インターネット上をくまなく検索し、英文のマニュアルを探し出しました。そして、久保田先生と点灯プログラムやロジック回路を作り、ときには家に持ち帰って作業をすることもありました。かなり苦労しましたが、光った瞬間は本当にうれしかったですね。

橋本ユニバックに光が灯った際も、ランダムに光らせるのではなく、実際にユニバックが稼働していた当時の光り方を再現できたことに一同驚きました。

三浦当初は、ユニバックが動く様子をCGで再現する案もあったのですが、プロジェクトとしては、実物の展示にこだわりたかったんです。当日は「本当に動いている」と足を止めて見てくれる学生さんも多く、実物によって伝わる情報の力を感じました。

数十年の歳月を経て再び点灯したユニバック

岸本パソコンが中心の世代の学生たちにとっては、ランプが点滅し、昔のコンピュータが実際に稼働する様子が新鮮に映ったようです。KCGでは、夏休み期間に高校生や小中学生が参加するイベントを開催しているので、そういった機会にも展示したいと考えています。

――2025年11月に開催されたKCGの学校祭「11月祭」では、デジタルアーカイブのデモ展示を行ったと伺いました。

山田今回は「新しいコンピュータミュージアムの体験」という位置づけで、3つの体験を組み合わせた展示を行いました。1つ目は、ユニバックの実機に触れる体験。2つ目は1980年代にユニバックが使われていた様子を映像で見る体験。そして3つ目が、デジタルアーカイブによる探索体験です。実物の手触り感、映像による時代の再現、デジタルによる深い探索、これらが揃うことで興味や関心がより高まると考えました。

三浦反応は上々でした。デジタルアーカイブは完成品ではなかったのですが、若い学生さんたちは問題なく使いこなせていました。今後の知の探索体験設計に向けて、良い手応えを得られたと感じています。

岸本本学としては、歴代のコンピュータを演出して見せたいのではなく、ありのままの姿をデジタル上で再現することで、歴史や文化を感じ取ってほしいと考えていました。展示に訪れる学生の様子から、その理想に近づいていると感じました。

KCG学校祭「11月祭」の様子

写真:デスクトップPCの画面を見ながら、男性が指で画像を示して説明している様子。隣に別の人物が座って一緒に確認している。

――最後に、プロジェクト提唱者である山田さんから今後の展望をお聞かせください。

山田プロジェクトの目的は、コンピュータの歴史を再認識してイノベーションを起こすことです。この活動の輪が広がり、イノベーションの志を持つ人々が集うコミュニティに発展することを期待しています。さらに、そのコミュニティのすそ野が広がって多くの人が集い、デジタルアーカイブされた共通の知的資産(コモンズ)を用いて、新たな価値創造や次世代への継承につながっていく。そんな世界を実現していきたいです。また、体験の方向性の1つとして、拡張現実技術を使ったミュージアムも視野に入れています。拡張現実の中で実物に触れると同時に、関連情報をデジタルアーカイブから引き出して閲覧できれば、知の探索がより深いレベルで可能になります。覧古考新プロジェクトはまだ始まったばかり。これからも、みなさんと共にデジタルアーカイブの新たな形に挑戦し続けていきます。

写真:左から順に、橋本昇氏、 岸本詳司氏、木村達郎、山田茂雄、三浦仁
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