「いなげやのある暮らし」を地域の人に届けたい

環境変化に適応すべく基幹システム刷新に挑んだいなげや

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東京都立川市に本社を置くいなげやは、2020年に創業120周年を迎える地域密着型のスーパーマーケットの大手チェーンだ。東京、埼玉、千葉、神奈川に137の店舗を展開するとともに、ドラッグストア、食材販売、農業法人などの関係会社を持ち、経営の多角化にも取り組んでいる。同社では今後のビジネスの変化に対応するために2019年2月に基幹システムを刷新し、クラウド上での運用を開始した。

大きな変化に直面するスーパーマーケット業界

消費者の日々の生活を支えてきたスーパーマーケット業界は、今大きな変化に直面している。例えば、少子高齢化による市場規模の縮小やネットショッピングの普及、他業態との厳しい競争だ。特に、ホームセンターやドラッグストアが積極的に食料品を扱うようになったインパクトは大きいと見られている。

株式会社いなげやの執行役員 (営業企画・販売促進・情報システム担当)、藤野敏広氏は、「今は新しいビジネススタイルへの転換期。多様な決済手段への対応、ネットショッピングも含めたオムニチャネルの確立など、さまざまなことにチャレンジしていかなければなりません。120年の歴史の中で初めての大きな転換に迫られています」と危機感を語る。

株式会社いなげや 執行役員
営業企画・販売促進・情報システム担当
藤野敏広氏

その中で課題となっていたのが、これまでスクラッチで開発し、メインフレーム上で運用してきた基幹システムの存在だった。今後のビジネス環境の変化の中で、迅速かつ柔軟に対応し、多角的な経営を展開するグループ間のシナジー効果を最大限に発揮する上でも統合的に運用可能なシステム基盤が求められていた。「情報システム部員が高齢化している点も相まって次世代の運用のために情報システム全体の変革が求められていました。基幹システムの刷新は、その端緒に位置付けられます」と藤野氏は今回のプロジェクトの意義を語る。

1年かけてフィット&ギャップを整理し、万全なプロジェクト推進体制を確立

いなげや本社ビル(東京都立川市)

同社が新基幹システムの検討という大きな決断を始めたのは2012年のことだ。プロジェクトが本格的に加速するのは、営業の現場をよく知る藤野氏が情報システム部門の責任者に就任した2015年2月からのことだった。

「それまでは営業企画という立場から新基幹システムの検討に関わってきました。新基幹システムの導入には営業現場との調整が不可欠です。その部分も含めて、営業の最前線に精通する私に役割が与えられたと思っています」と藤野氏は就任当時を振り返る。

日本ユニシスが提供するマーチャンダイジング基幹システム「CoreCenter for Retail」のパッケージ導入が基本方針として決まっていたが、藤野氏がまず着手したのは、パッケージと既存業務のフィット&ギャップを洗い出すことだった。フィット&ギャップの洗い出しは、約一年の時間をかけ、徹底的に議論が尽くされた。もう1つの大きな決断はクラウドを選択した点だ。「それまで情報系のシステムにはクラウドを活用していましたが、将来の展開を考えると基幹システムもクラウド上にあるべきと考えました。日本ユニシスに検証してもらった結果、十分に業務運用できる、という回答を得たので決断しました。これでハード面、ソフト面のどちらの部分から見ても、日本ユニシスと一緒に構築できることになりました」(藤野氏)

こうした十全な事前準備が整い、2017年5月、ついに新基幹システム導入プロジェクトが本格的に動き出した。

新たな境地を目指し、パッケージとクラウドの活用にこだわる

今回の新基幹システムの核となったのはCoreCenter for Retailだが、この中で特に高く評価されたのは、小売業の要となる仕入れと発注の部分が業界のルールに則って丁寧に作り込まれている点だ。藤野氏は、「実績面からも、ここのロジックに『間違いがない』と確信できた点は安心感につながりました。これまで取り組んできたようなスクラッチ開発は、仮にどこかに誤りがあってもまるで“スパゲッティ状態”のシステム構成の中では間違いに気付かない可能性もあります。システム監査にあたっても、これでは説明責任を果たすことができませんが、パッケージであれば大きな安心感があり、余計なリスク回避にもつながります」と語る。

出典:株式会社いなげやの資料を基に作成

また、クラウド基盤として選択したのはアマゾンのAWS。こちらについてはすでに日本ユニシス側で検証済みで、実績も十分あると判断されていたが、いなげや独自のノウハウの色が濃い販売計画やマスター管理、在庫管理については、今回は別に構築して、パッケージとの連携を行う形で進められることになった。

小売業を理解している日本ユニシスだからこそ安心して一緒に取り組めた

新基幹システムがカットオーバーしたのは2019年2月。約1年半の導入プロジェクトを振り返り、「日本ユニシスは他社事例も含めて小売業の業務に精通していて、的確な改善提案をしてくれます。現場にも参画して当社のメンバーと話し合いをしながらプロジェクトを丁寧に進めてくれました」と藤野氏は話す。

プロジェクトは複雑な部分も多く、イレギュラーな処理が求められた。例えば、特売品の発注処理はエリア別、業態別にパターンが異なり、全店ベースの特売や特定店舗の単独の特売もある。さらに競合店対策もそこに加わるため結果として何十通りもの発注処理が必要となる。これをまともにシステム適用しようとすれば、パッケージとしてのメリットが生かせず、運用でカバーする部分も必要になる。ポイントとなるのは、事象を詳細に整理し、普遍的な処理と個別対応の処理を切り分け、堅牢なシステムの構築と並行して、データを別途受け渡すなどの特化した運用を行うことだ。だが、その実現には、SIer側も業務の流れや性質をよく理解し、現場に立ち入って一緒に取り組む必要がある。

「私たちもシステム要件を100%伝えることができない中で、最近ではシステムベンダーがドライになっています。しかも、小売業に関する業務知識も乏しくなっているため、システムの話はできても運用の話ができません。ですが、日本ユニシスのメンバーとは業務目線でシステムフローを確認できますので、大きな安心感につながりました。1年以上かけてフィット&ギャップを洗い出したことが功を奏したと感じています」(藤野氏)

今回のような基幹システムの刷新では、従来通りの処理を踏襲する部分が多く検収照合に走りがちだ。しかし、元が間違っているケースも考えられる。藤野氏は、「説明責任を担保しつつ、適切なシステムを構築するには業務目線でのロジックの組み立てが重要です。今回、日本ユニシスにご協力いただき、業務フローを整理し、それをベースに十分な話し合いを進めたことで、ロジックを丁寧に見直すことができました」と評価する。

新システム基盤の構築を契機に積極的に業務改革を推進

「私たちの基幹システムは、過去約25年積み重ねの中で、ともすれば“ブラックボックス化”している部分も多くありました。今はシンプルになってシステムは安定しています」と藤野氏はカットオーバー後の状況を話す。特に、シンプルになったのはシステム運用面だ。障害が発生した際には自動で障害が切り分けられ、担当者に何が起きているのかを具体的に伝えるアラートが送信される。これまでのように、障害の内容を調べて設定し直す手間がなくなり、障害対応と原因究明がシンプルになった。「情報システム担当に必要なスキルも整理することができたことも大きなメリットです」(藤野氏)

現場に対しては、システム導入後、初めの3カ月間はその様子を静観したという。「現場の人はものすごくシンプルを好みます。画面が変わるのは嫌ですし、レスポンスが1秒でも遅くなれば“だいぶ遅くなった”と言います。そういう反応があることは分かっていました。しかし、慣れていただくことにも時間は必要です。ですので、当面は様子を見て状況を分析し、3カ月過ぎても不満があったら対処することにしました」と藤野氏は笑顔を見せる。

こうした藤野氏のスタンスが受け入れられていたのも「過去と同じものを作るわけではない」という考えを、事前に社内に広く伝えてあったからだ。実際にメールで問い合わせが来ると、相手のところに足を運んで丁寧に粘り強く説明して回った。こうした過程を経て、いなげやの次世代IT活用を支える新基幹システムが船出した。

新基幹システムが稼働したことで、同社のIT活用は今後ますます加速していく――。

「まず業務の効率化を進めたい」と藤野氏は語る。例えば、RPAを活用するにも業務を処理するシステムが旧態依然としていては、効果は限定的だ。新システムが安定稼働している大前提があってこそ効果は期待できる。また、同社の大きな課題である流通ビジネスメッセージ標準、通称「流通BMS」の本格的な活用にも光が射した。メーカー、卸、小売にわたって、統一して利用できるEDIである流通BMSを、取引先とのデータのやり取りに活用することで、業務の効率化、高速化が図れ、データを低コストで交換できることにつながる。「データを瞬時に交換できる流通BMSの導入を進めるには、取引先とのデータのやり取りを含めて、検品情報や在庫データの精度の高さが求められます。今回の新基幹システムの導入は、データの精度を向上させる面でも大きな意味を持っています」(藤野氏)

今後、周辺業務についても今後新基幹システムへの統合が進められ、さらなるデータ連携・統合が進展することで、よりパッケージとしての強みを生かせるようになる。藤野氏は「COBOLで動いている売上管理システムも解体して、遅くとも2025年までには統合したいと考えています」と展望を語る。

複数の選択肢に対応し「いなげやのある暮らし」を地域の人に届けたい

今回、基幹システムが刷新されたことで、ビジネス上でどんな差異化戦略が打ち出せるのだろうか。

藤野氏は「今は、かつて強い集客効果を誇っていた特売チラシのような“伝家の宝刀”が存在しません。だからこそいろいろな選択肢に対応できるようにITを活用していきたいと考えています」と話す。その1つがオムニチャネル戦略。リアル店舗とオンラインショップをシームレスに連携させることで、お客さまが本当に欲しい物を欲しいタイミングで提供することができ、キャッシュレス決済の手段に対しても特定のブランドだけではなく、広く対応していくことが求められる。

「今回の基幹システムをベースにそういう戦略を実行に移していきたいですね。それが地域の皆様の充実した生活を私たちが支えるという“いなげやのある暮らし”の実現に、システムサイドとして貢献できることだと考えています」と藤野氏は未来を語る。

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