倉敷市は積極的なデータ戦略により、人材育成や産業育成などを目指している。オープンデータやビッグデータの活用と、データサイエンティストなどの人材育成を並行して推進。将来に向けて、データ関連ビジネスを大きく育てようとしている。具体的なプロジェクトが複数走っており、すでに実績を上げているサービスも少なくない。そんな倉敷市のチャレンジを、4人のキーパーソンに聞いた。
データサイエンティストを育成
テレワーカーとして活躍し始めた
倉敷市企画財政局 企画財政部
情報政策課 福島慎太郎氏
岡山県の南部、瀬戸内海に臨む倉敷市の人口は50万人弱。白壁の商家が並ぶ美観地区、大原美術館などで知られる観光地だが、一方でサービス業の厚みがあり、製造業も盛んな産業都市でもある。江戸時代には干拓地で綿花などの栽培が行われ、明治以降には紡績業が発展。その歴史や文化は、世代を経て受け継がれてきた。2017年には文化庁により、倉敷が紡いだ物語は日本の文化・伝統を語るストーリーとして「日本遺産」に認定された。
倉敷市はデータ活用への取り組みにも積極的だ。倉敷市の福島慎太郎氏は次のように語る。
「2012年ごろ、情報化戦略を考えようという機運が高まり、有識者を招いて議論を重ねました。こうして生まれた理念は『データ・ドリブン・シティ』。さまざまなデータを街から収集して、それを政策や経済活動、人々の暮らしなどに役立てようという考え方です」
その後、倉敷市は2014年度に「倉敷みらい創生戦略」をまとめた。倉敷全体をカバーする戦略だが、その中では、情報通信産業の強化やオープンデータ、ビッグデータの活用推進が掲げられている。福島氏はこう続ける。
「目的はデータ処理技術の導入ではなく、データを活用してよりよい倉敷をつくること。それは人づくりでもあり、仕事づくり、まちづくりでもあります。こうした取り組みでは、民間に前面に立っていただいた方が良いケースが増えてくると考えています。そのモデルとして、データ・ドリブン・シティ形成に向けての、人づくり、仕事づくり、まちづくりは、民間(表)と行政(裏)とが共創する、さまざまなプロジェクトで構成されています」
行政と民間をつなぐ役割を果たしているのが、一般社団法人データクレイドルである(図1)。データクレイドルからの提案の多くは倉敷市に採用され、いくつかはすでに実行されている。代表理事の新免國夫氏はこう説明する。
一般社団法人データクレイドル
代表理事 新免國夫氏
「データサイエンティストをはじめとする専門性を持つ人材の育成、オープンデータの普及・活用などについて提案しました。人材育成の手法はさまざまです。例えば、データ分析手法などを学ぶセミナーの開催。また、データ分析サロンを倉敷駅前に開設し、幅広い人たちに開放しています。サロンにはビジネスパーソンだけでなく、実践を通じて学びたいという学生なども多く訪れます」
セミナー受講者の多くは、PCの基礎的な知識を持つ市民だ。データクレイドルの提供するセミナーやオンライン教育を通じてデータサイエンティストのスキルを身につけた後、テレワーカーとして仕事をしている人も少なくない。プログラムの修了者は30人を超えており、約20人はすでにデータ関連業務を受注して働いた経験を持っている。人づくり、仕事づくりは確実に前進し始めている。
将来の人口推計が分かる「高梁川みらいマップ」
人の動きを可視化する「人流NOW」
倉敷市で実施している、複数のプロジェクトからなる複合的なデータ事業が「高梁川流域インテリジェントICT実装事業」である。岡山県西部を南北に流れる高梁川流域の7市3町が連携し、データ活用による地域の活性化を目指す。この事業の一環として開発・公開されたアプリが「高梁川みらいマップ」である(図2)。高梁川流域圏データポータル「data eye」を通じて、一般のユーザーはこうした情報にアクセスすることができる。
「このマップを見ると、2040年くらいまでの地域の人口推計を、細かいメッシュで見ることができます。例えば、小売店の位置と重ねれば、将来どの地域に買い物難民が多くなるかが予測できる。政策づくりに役立つだけでなく、店舗などを開きたいと考えている事業者がこのデータを参考にすることもできます」と福島氏。さらに、新免氏がこう続ける。
「行政のデータをオープン化するだけでは、できることは限られます。民間の事業者が自分たちの持つデータと組み合わせることで、より大きな価値を創出することができる。それが、私たちの目指す方向です。ただ、あらゆるデータをオープンにすることはできません。そこで、データ分析サロンの中では、Web上で公開していない詳細なデータも参照でき、また、それを企業データなど利用者の手持ちデータと組み合わせて分析できるクローズドな環境を用意しています」
「人流NOW」も、data eye上で提供されているサービスだ(図3)。設置したカメラで撮影した人物や顔を認識して、人の動きや年齢・性別などの情報をとらえ、一定エリア内の人数のカウント、属性の推定などを行う。こうした情報処理を担うのは、カメラの背後に設置された小型コンピュータ。プライバシーへの配慮などから、人物の画像は小型コンピュータ側で廃棄し、人数や属性といった情報のみをクラウドに送る。データ量が大幅に圧縮されるので、ネットワークへの負荷は最小限に抑えられる。
倉敷市 情報政策課 真鍋裕行氏
カメラが最初に設置された場所は、観光客の多い美観地区の入り口である。Web上の人流NOWを見ると、リアルタイムで人の動きが分かる。
「まずは美観地区で実験的にスタートしましたが、今後はエリアを広げていきたいと考えています。例えば、地域の祭りなどに期間限定でカメラを設置すれば、祭りを運営する主催者にとって役立つデータを収集できるでしょう。こうした取り組みを通じて、ノウハウを蓄積していきたいと考えています」と倉敷市の真鍋裕行氏は話す。
音声応答型 AI サービス「Tabit (タビット)」
今後はAPIエコノミーの構築も視野
もう1つの具体例が、スマホなどにアプリをダウンロードして使える音声応答型 AI サービス「Tabit (タビット)」である(図4)。ユーザーはTabitと会話をしながら、倉敷観光を楽しむことができる。近くの名所を訪ねてもいいし、土産を勧めてもらってもいい。当初は観光客向けとしてスタートしたが、今後は市民向けにもサービスを展開しようとしている。
「Tabitが市のコールセンター業務を支援する構想を温めています。コールセンター業務では、基本応対に関するFAQを各業務担当課が整備しており、オペレーターのマニュアルとして活用されています。このFAQを学習データとしてTabitに与えることで、市民の質問に迅速に対応できる仕組みづくりができないかというアイデアです。2018年度から構想の具体的な検討に着手したいと考えています」
一般社団法人データクレイドル
理事 大島正美氏
コールセンターに問い合わせが多いシンプルな質問であれば、Tabitが回答することも可能だろう。ただし、いきなりTabitに市民とのやり取りを任せるのは難しい。データクレイドル理事の大島正美氏は「まずはTabitにて適用している音声認識等の技術についてオペレーター支援のツールとしての活用を試み、ある程度の実績ができてから次の目標を設定するのが現実的かもしれません」と語る。
一方では、TabitのAPIを公開することによるAPIエコノミーの構築も視野に入れている。例えば、旅行会社のWebサイトとTabitが連携すれば、旅行者へのサービス向上につながるかもしれない。こうした取り組みを推進するためにも、「Tabitの知識ベースを拡充することが重要」と新免氏は考えている。
以上のような倉敷市のチャレンジを、日本ユニシスはさまざまな形でサポートしてきた。例えば、data eye上で提供されている「人流NOW」を支える「IoTビジネスプラットフォーム」は日本ユニシスが提供。また、Tabitのコミュニケーションを支えているのは、日本ユニシスのAI関連技術を体系化した「Rinza」、それを活用した知的エージェントサービス「RinzaTalk」である。また、コミュニケーションロボットに関しては、日本ユニシスグループであるユニアデックスの未来サービス研究所が協力している。
「倉敷市におけるデータ活用のレベルは、年々高度化しつつあります。当然ながら、求められる知識やノウハウも専門的、高度なものになります。その意味で、日本ユニシスによる支援は大きな力になっています。今後とも、私たちと一緒に倉敷の人づくり、仕事づくり、まちづくりに取り組んでもらいたいと思っています」と福島氏は語ってくれた。