2020年2月1日、熊本県合志市に市民の健康増進に向けた新たな拠点「フィットネス&コミュニティ コレカラダ」がオープンした(健康データの取得・研究活動拠点である「コレカラボ」も併設)。合志市、熊本大学、ルネサンス、Kuru-Lab、日本ユニシスの合意により準備されてきた地域における健康データを活用した先進的な健康増進プロジェクトが実を結び、いよいよ動き出したことになる。オープンに先立つ1月17日には、オープニングセレモニーと内覧会が実施された。地域の健康データが可視化されれば、確度の高い効果的な健康増進に向けた施策展開が可能になるなど期待が高まるだけに、今後の展開が注目される。
旧市庁舎の商業用ビルにトレーニングジムを開設
「コレカラダ」が開設された合志市は、熊本県中北部に位置する人口約6万人の市だ。2006年に菊池郡合志町と西合志町が合併して発足した。熊本県有数の穀倉地帯であり、近年はベッドタウンとして人口が増えつつある。合志市に先進的な健康増進拠点が誕生した背景には、首長である合志市長・荒木義行氏の強い危機感がある。2015年から「健幸都市こうし」を掲げて市民の健康増進を推進してきたが、特定健診の受診率は低空飛行のままだった。こうした課題解決に向け、日本ユニシスは2018年4月26日に合志市と包括連携協定を締結。同年12月12日には、健康データを活用した新しいビジネスモデルを確立するべく、医学部や薬学部、附属病院を有する熊本大学、スポーツクラブを運営するルネサンスを加えて、合志市の地域住民の健康増進と地域発展を目指すアライアンスが成立した。
このアライアンスから約1年1か月、具体的な健康増進拠点の開設に向けた取り組みが急ピッチで進められ、今回のオープニングセレモニーを迎えた。コレカラダは、合志市御代志にあるテナントビル「ルーロ合志」の一角に開設された。この施設はもともと旧西合志町役場として使われていた建物で、両町合併後も庁舎として使用されてきた。2019年10月には、新たに商業ビルとしてリニューアルし、スタートアップ企業が入居するなど未来創造拠点としての活用が始まっている。セレモニーの冒頭、荒木氏は「待ちに待った施設の内覧会を催すことができました。夢の実現に向けた第一歩を今日踏み出しました」と挨拶した。
未来の健康のための研究活動拠点として
ルーロ合志に、アライアンスの第一弾として開設されたコレカラダは、トレーニングジムとしてだけでなく本格的な高齢化社会を迎える日本の将来に貢献する研究活動拠点としての役割も担っている。それが、コレカラダに併設された「コレカラボ」だ。コレカラボでは、コレカラダで取得された運動記録や健診結果などの健康データを教育や研究に利用していく。それを担うのが、2018年度に生命科学研究部に「健康長寿代謝制御研究センター」を設立し、県民、国民の健康長寿の延伸への貢献に取り組む国立大学法人熊本大学である。セレモニーで挨拶に立った富澤一仁氏(熊本大学大学院生命科学研究部長、大学院医学教育部長、医学部長)は、「この場を中心に健康増進に向けたプログラムや健康データ測定装置を開発し、エビデンスに基づいた健康寿命研究を行って、その研究成果を世界に向けて発信していきたい」と意気込みを語った。
そして、日本ユニシスはこの健康データを管理し、流通させるプラットフォームを提供する役割を担う。「熊本復興に向けたお手伝いがさまざまな出会いを生み、今日につながったことを大変うれしく思います。ITやデータ活用を通じてこの事業に貢献していきたい」と日本ユニシス株式会社 代表取締役社長の平岡昭良は挨拶し、抱負を語った。
また、全国で100か所以上のスポーツクラブを運営する実績を持ち、トレーニングジムの運営ノウハウを提供する株式会社ルネサンスの取締役専務執行役員の髙﨑尚樹氏は、「成功のカギは志を同じくする仲間、地域の若者、そして思い切った発想をする人です。ここにはそのすべてがそろっています」と期待を語った。
コレカラダの運営にあたるKuru-Lab株式会社 代表取締役の柏野知亮氏はテープカットに際し、「プロジェクトコンセプトの1つはコミュニティの創設です。人と人の関係が希薄になる中、健康活動を通じてコミュニティを数多く生み出すことがコレカラダの大事な目的。笑顔がたくさん生まれるように、引き続きご協力ください」とコミュニケーション拠点への期待を述べた。
最先端の「低酸素ルーム」も設置し、運動を通じたコミュニティ形成を支援
オープニングセレモニーの締めくくりとして行われたテープカットの後は、スタッフの案内による内覧会が行われた。コレカラダの施設や運動設備のお披露目である。地域の健康増進とともにコミュニティ創造機能が期待される拠点だけに、一人ひとりの目的や性別、年齢、体力に応じた多様なトレーニングが実現できる設備やエクササイズプログラムが充実している。例えば、無理なく筋を伸ばすストレッチマシンや「パワープレート(振動するプレートの上でポーズをとることで、短時間で即効性のあるストレッチ効果を発揮する)」などの多様なトレーニングマシンも導入されている。
その中でも、ひときわ注目を集めたのが、コレカラボに設けられた「低酸素ルーム」だ。低酸素ルームとは、人工的に低酸素環境を作り出す施設。空気圧は常圧なので酸素濃度が薄くても安全、かつ、効率よくトレーニングが可能とされる。コレカラボの低酸素ルームは、ビニールシートで囲われたスペースに低酸素制御装置とトレーニングマシンが置かれ、標高約2000~3000メートルと同様の低酸素環境でトレーニングできるように設定されている。広く知られているのはアスリート用の低酸素ルームだが、これまで一般向けのものはなかったという。熊本大学との共同研究の施設でもあるコレカラボでは、全国的に見ても先進的な取り組みとして一般利用者が低酸素化で運動した際のデータを収集する。まさに、健康データによる産学官連携が実践される場となっている。
健康の正しい情報を世界に向けて発信する
今回の産学官連携の大きなポイントは、地域の信頼も厚い熊本大学の協力を得て進められている点だ。富澤氏は「荒木市長から相談があってジムをつくることを提案したのが約2年前。それから山あり谷ありでしたが、効果的に産学官連携を図れたと感じています」と話す。コレカラボでは、通常のジムで取れる運動記録以外にも、低酸素トレーニングの効果測定を行い、さらに健康チェックのために採血も行う予定だ。しかし、採血などは医療行為となるため診療所としての届け出が必要になる。こうした課題を解決するため、熊本大学では、届け出の手続きを進めているという。また、熊本大学大学院生命科学研究部副研究部長・健康長寿代謝制御研究センター長の山縣和也氏は、コレカラボにおける共同研究への期待をこう語る。
「高齢化がさらに進む中、病気の予防が重要な視点となります。運動は、認知症や糖尿病予防に効果的とされていますが、それをコレカラボでの研究を踏まえて検証し、エビデンスを蓄積していくことも今回の狙いです。だからこそ、採血などが実施できる診療所についても将来的に併設し、科学的にデータを見ていくことが必要なのです」
2020年5月以降は医師立会いの下、安全を担保しながら低酸素環境の運動が健康に対してもたらす効果や、低酸素下での運動の安全性などについて検証を重ねていく。そして数年後には、成果をまとめて教育分野に役立てながら広く社会に貢献していく。「運動効果の検証と同時に、そのデータを基に熊本大学の工学部で新しいトレーニングマシンを開発し、普及を図っていければ」と富澤氏は今後の展望を話す。また、山縣氏は「正しい健康情報を発信するのも、コレカラボのミッションの1つ。そのために膨大なデータを管理し、そこから知見を見いださなければなりません。そこではITの専門集団である日本ユニシスを頼りにしています」と語る。運動施設に隣接する新しいタイプの診療所という場から、世界に向けた情報発信が始まるのはもうすぐだ。
新しいビジネスモデルを全国に広げていきたい
産学官が緊密に連携し、フィットネス&コミュニティを起点とした地域ビジネスエコシステムを目指す今回のプロジェクト。それぞれがどんな思いを持っていたのだろうか――。
合志市総務部秘書政策課 課長補佐の鷹巣孝之氏は「市の魅力をあらためて見直す良い機会になりました。プロジェクトの中で、市内の人口構成比や地域特性分析などを進めていくうちに、年齢別の偏りが少ない活力のある街である点や、熊本市へのアクセスの良いビジネス街・繁華街としての要素・側面を併せ持つ点が明らかになりました。プロジェクトを通じて、市民の一人ひとりにより笑顔になってもらえれば」と語る。
Kuru-Labの柏野氏は「プロジェクトにあたっては、5者がチームとしてまとまっていたので、苦労はなかったと感じています。コレカラダの運営にあたっては地域雇用も生み出したく、積極的に採用活動を行いました。運にも恵まれ、『地域に貢献したい』との思いを持つ良い人材を集めることができました。しかし、何より合志市が元気の良い街だったからプロジェクトが実現したのだと思います」と振り返る。日本ユニシスのスマートタウン戦略本部事業開発部木村宜史も「合志市は人口も増えていて、活気ある街だと感じました。全国に発信できる、新しい地域活性化モデルをつくっていくための実験都市としては理想的」と思いを語る。
“合志市発!全国へ”という気持ちはルネサンスも同じだ。同社の健康ソリューション部 部長 熊坂克哉氏は「当社の新しい柱をつくりたいと3年前に健康ソリューション部を創部し、具体的なビジネスモデルを模索しているタイミングで声をかけていただきました。ここでの成果を全国に広めたい」と話す。
今回のプロジェクトで特長的なのが、異なる強みを持つ組織が協力し合って、相乗効果を発揮している点だろう。行政、アカデミア、IT、スポーツ、地域活性化という要素が1つに融和している。人間的なつながりも大きな力になる。1つのチームになってこそ、力が発揮できる。合志市ではそれが実現された。今回の取り組みは、他の自治体からも注目されているという。「すでに九州のいくつかの自治体が見学に訪れました」と鷹巣氏は誇らしげだ。「地域課題はそれぞれ違います。単純なパッケージではなく、利用者側の目線に立った課題解決が必要です。今回のメンバーが、いわば『語り部』としてそれぞれの立場の思いを話し、共有することで本当に求められるサービスが生まれます。新しいビジネスはそうした中から紡がれていくのではないでしょうか」と木村は話し、笑顔を見せる。地域にどんな活力をもたらすのか。今後の展開に期待したい。