Fintechが切り拓く金融サービスの未来を見据えて

新しいものに触れ、風や温度を感じることが重要。それが行動につながる

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Fintech企業が次々生まれる中で、金融サービスは多様化しつつある。一方で、規制改革の動きも進行中だ。こうした動きに対して、既存の金融機関はいかに向き合うべきだろうか。森・濱田松本法律事務所パートナーで、Fintech協会理事を務める堀天子弁護士と、日本ユニシス ファイナンシャル第三事業部の齊藤康太が語り合った。

2010年前後から今日に続く
日本におけるFintech潮流

森・濱田松本法律事務所 弁護士 パートナー Fintech協会理事 堀 天子 氏

森・濱田松本法律事務所
弁護士 パートナー
Fintech協会理事
堀 天子 氏

齊藤 堀さんは法律事務所での活動をいったん離れて、2008年に金融庁に出向されました。ちょうど、金融サービスの新しい動きが見え始めていた時期だったと思います。

 日本では2000年代にインターネット専業銀行が登場し、ネットを使った新しい金融サービスが注目されるようになりました。私もこうした動きをお手伝いするようになったのですが、弁護士になって7年目の2008年に、所属する法律事務所から金融庁に出向することになりました。当時、金融庁では、資金決済法の制定に向けた準備中で、民間の実務経験者としてこれに参加することになりました。

齊藤 金融庁での活動は、どのようなものでしたか。

 そのころには、すでに民間の決済サービスがかなり普及していました。収納代行や代金引換サービスなどです。また、海外では民間の事業者も送金サービスの担い手となっていました。金融機関と非金融機関のサービスの境目がやや曖昧になっている中で、どのような規制のあり方が望ましいのか。それが議論の中心テーマでしたが、結果としては収納代行や代金引換サービスについては規制をせず、登録事業者に少額の送金サービスの取り扱いを認めるなどの新しいルールを定めた資金決済法が2010年4月施行されました。こうした流れの中で、以前は縁遠かった事業者が数多く、金融庁に相談に訪れるようになります。今振り返ると、これがFintechの第一波だったといえるかもしれません。

日本ユニシス ファイナンシャル第三事業部 ビジネスクリエーション統括部 イノベーション推進部 主任 齊藤康太

日本ユニシス
ファイナンシャル第三事業部
ビジネスクリエーション統括部
イノベーション推進部 主任
齊藤康太

齊藤 堀さんはFintech協会の立ち上げに参画し、理事を務めておられます。このときの経緯は、どのようなものだったのですか。

 出向を終えて法律事務所に戻ったのが2010年です。資金決済法の策定に関わったということもあり、以後、電子マネーや送金、ポイントなどの新サービス立ち上げなどをお手伝いするようになりました。また、2014年から15年にかけては、金融審議会の「決済業務等の高度化に関するスタディ・グループ」や「同ワーキング・グループ」にメンバーとして参加。民間の立場から、決済サービスの現状や課題などを行政に伝えるという役割の一端を担いました。こうした活動を続ける中で、Fintech企業の皆さんと交流を持つようになりました。2015年9月に設立されたFintech協会は、この集まりが母体になっています。

齊藤 最近は、Fintech企業の方々と直接お話をする機会が増えています。そうした中で強く感じるのは、「人々の生活をより便利にしたい」「豊かな社会づくりに貢献したい」という熱い思いです。日々の業務に追われる中で忘れてしまいがちなことですが、起業家やエンジニアの方々と接すると、ビジネスパーソンとしての原点に立ち返らせてもらえるような気がします。一方で、当社としては金融機関との接点も多い。私が担当する地方銀行の皆さまとの会話の中でも、Fintechが大きなテーマになっています。

Fintechの成功事例が
次のチャレンジを生む

 Fintechや改正銀行法に伴うAPI公開の努力義務に対する、地方銀行の姿勢については、どのように見ていますか。

齊藤 Fintechに対する危機感をベースに、これをビジネスチャンスととらえる銀行がある一方で、API公開を制度対応ととらえて、必要最低限の準備を進めようという銀行もあり、銀行によってかなり温度差が大きいように見えます。

 それは、当然のことかもしれません。すべての銀行が前のめりの姿勢というのは不自然でしょう。特に地方銀行の場合には、それぞれの地域特性がかなり異なるはずです。顧客のニーズなどを見極めた上で、各行が独自の戦略を推進しているのだと思います。ただ、Fintechの進展や多様なサービスの登場により、既存の金融機関の選択肢が広がったことは確かです。その選択肢を生かして、オープンイノベーションに舵を切る金融機関もあります。その中から成功事例が生まれれば、「ウチでも」と名乗りを上げる金融機関が増えるでしょう。

齊藤 当社は多くの地域金融機関に勘定系システムを提供してきました。現在、注力しているサービスの1つが、金融機関と外部のさまざまな企業のシステムをつなぐAPIの公開基盤です。国内でもAPIを導入する金融機関が現れ始めていますが、成果が出てくるのはこれからでしょう。お客さまにとっては、API導入による成功イメージを描きにくいのが現状です。そこで、私たちとしては単にAPI公開基盤を提案するだけではなく、お客さまと一緒に知恵を出し合って、API活用による新しいサービスづくりを考えようとしています。

 素晴らしい取り組みですね。「APIでつなぐ」というだけでは、その先にどんなサービスがあるのかが分かりにくいと思います。個別の戦略に沿った形で、具体的なサービスをともに考えていくという姿勢は、金融機関にとっても心強いと思います。銀行の方々と話をするときには、APIの具体的なメリットをどのように説明しているのですか。

対談風景

齊藤 APIには大きく2つのメリットがあると考えています。第1に、Fintech企業との連携により、リーチできる顧客層が広がること。第2に、既存チャネルのリデザインによって、顧客とのエンゲージメントを高められることです。今、世界的に消費者のパワーが強まっているといわれます。金融機関としては顧客との接点を柔軟に見直しつつ、強化していく必要があると思います。これをサポートする立場のSIerとしては、消費者の気持ちをこれまで以上に深く理解しなければなりません。私自身も、金融サービスを利用する一消費者としての感覚を大事にするよう心掛けています。

 それは大事なポイントですね。

齊藤 提案活動や新しいサービスを一緒に考えるといった取り組みが重要ですが、それ以外にもやるべきことは多いと感じています。私は出張する機会が多いのですが、しばしば感じるのが東京と地方との情報格差です。私たちは堀さんがメンバーに加わったスタディ・グループやワーキング・グループの議論を、比較的気軽に傍聴することができます。そうした場で、地方銀行の東京拠点の方を見かけることもありますが、本店に対してFintechの潮流を、その温度感を含めて伝えるのは容易ではないと思います。こうした情報のギャップを埋めるために、SIerとしても情報提供に力を入れていく必要があると思っています。

金融機関に求められる
IT人材の強化

対談風景

 将来を見据えて独自の経営戦略を策定するのは、いうまでもなく各金融機関の仕事です。Fintechをその中に正しく位置づけた戦略をつくるためには、ITに詳しい人材が質量ともに一定以上のレベルで必要になります。ただ、地方銀行の中でそうした人材が十分育っているかというと、必ずしもそうとはいえないケースもあるでしょう。IT知識を持つ人材の強化は、変化の激しいFintechの動きに追随するためには必須といえるかもしれません。齊藤さんたちが提供する最新の情報は、金融機関に何らかの刺激を与えるはずです。それが、健全な危機感の醸成やIT人材強化の動きにつながることを期待しています。

齊藤 情報提供の一環として、金融機関とFintech企業が出会う場づくりにも注力しています。先日も、堀さんやFintech企業の経営者などに登壇していただき、セミナーを開催しました。参加した金融機関の方々に好評で、「Fintech企業の熱を感じた」とか「最前線の動きの速さを実感した」といった声が多数寄せられました。こうした出会いの場を、今後も積極的に提供していきたいと考えています。

対談風景

 実際に新しいものに触れ、その場の風や温度のようなものを肌感覚で知ることが非常に重要です。それが、次の行動につながるのだと思います。日本ユニシスが取り組む場づくりは、そんな機会の1つですね。Fintech協会もまた、ある種の出会いの場といえるでしょう。参加するメンバーは協会が開催するイベントをはじめ、さまざまな活動を通じて風や温度を感じています。

齊藤 Fintech協会の中で、堀さんはこれからどのような役割を担っていきたいとお考えですか。

 スタートアップと金融機関、行政機関、ITベンダーなど多様なプレーヤーをつなぐ、橋渡しの役目を果たしていきたいと思っています。それぞれ立場は異なりますが、「利用者のため」「よりよい社会のため」という目指す方向は同じ。個別テーマでは議論があるかもしれませんが、同じ未来に向かって協力し合うことが重要です。また、必ず協力し合えるものと信じています。そのためのお手伝いができれば、これほどうれしいことはありません。

齊藤 ぜひ、私たちも協力の輪に加わりたいと思っています。本日はどうもありがとうございました。

堀 天子さん、齊藤康太

プロフィール

堀 天子(ほり・たかね)
森・濱田松本法律事務所 弁護士 パートナー

慶應義塾大学法学部卒業。2008年から2010年まで金融庁総務企画局に出向し、資金決済に関する法律とその政府令の策定などに関与する。2010年から弁護士業務に戻り、金融機関へのアドバイスを行うとともに、数々のスタートアップや事業会社の金融サービス立ち上げを支援。2014年から金融審議会専門委員として、決済業務などの高度化に関するスタディ・グループおよびワーキング・グループに参加。2015年から一般社団法人Fintech協会理事を務める。専門は、金融規制法・コンプライアンスと訴訟・紛争解決。