鼎談:「データ・ドリブン・エコノミー時代」に備える企業経営の在り方(後編)

志への共感の輪を広げ、周囲を巻き込みチャレンジする

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激しいビジネス環境の変化の中で成長を続けるためには、既存事業を発展させるだけでなく新たな価値を創出するイノベーションへの挑戦も重要だ。その実現に向けては、「知の深化」と「知の探索」を両立させる「両利きの経営」が多くの企業に注目されているものの、そのかじ取りは容易ではない。では、イノベーション成功に導く上で、企業経営層には、そして一人ひとりの社員には何が求められるだろうか。東京大学大学院工学系研究科教授の森川博之氏をゲストに迎え、日本ユニシス代表取締役社長の平岡昭良がジャーナリストの福島敦子氏とともに意見を交わした。(以下、敬称略)
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「知の探索」は
トップの意識変革から

福島 最近、多くの経営者から「両利きの経営」という言葉を聞きます。既存事業を強化する「知の深化」と新しい価値づくりを目指す「知の探索」、両方を追求しようという考え方。多くの日本企業にとって前者は得意でも、後者は不得手という場合が多いのではないかと思います。知の探索に取り組むには、前編でお話しのあった多様性も関係してくると思います。森川先生は、知の探索を成功させるためのキーファクターは何だとお考えですか。

東京大学大学院
工学系研究科教授
森川博之氏

森川 第一に、トップの意識変革です。トップが変革への意志を明らかにし、行動で示さなければ現場は動きません。私はよく「海兵隊」という言葉で説明しています。リスクの高い知の探索に挑戦するのですから、高い成功確率は期待できません。数多くの失敗を覚悟しなければ、知の探索はできません。失敗したチームをトップが守らなければ、自らリスクある道を選択する人はいなくなるでしょう。その上で、組織の多様性や顧客への共感力を高める取り組みが必要だと思います。

福島 平岡社長は常々、「成功のKPIは失敗の数」とおっしゃっていますね。

平岡 日本ユニシスの中で、私は最も多くの失敗をしてきたと思っています。ただ、失敗をそのままで終わらせてはいけません。失敗から何を学ぶかが重要。また、共に失敗を経験した仲間とは、より強い絆が生まれるように思います。トーマス・エジソンの有名なエピソードがあります。「1万回も失敗したのに、よく諦めなかったですね」と聞かれて、「うまくいかない1万通りの方法を発見したのだ」と答えたそうです。失敗から何かを学べば、それは単なる失敗ではなく発見になります。このように発想を転換することが重要だと思います。

森川 そうですね。私は「引き出しにしまう」という言い方をすることがあります。つまずいた経験をいったん引き出しに入れておくと、後で「あれが使える」と思い出して役立つことがよくあります。

「両利きの経営」を実践するために

福島 知の探索について伺いましたが、それだけを追いかけるわけにはいきません。知の深化と両立させ、両利きの経営を実践するのは容易ではないように思います。

森川 確かに、難しいですね。というのは、2つのスタイルがまったく異なるからです。人材に対する評価方法も違いますし、人によって向き不向きもある。両方をうまく舵取りするには、高度なマネジメントが求められます。

日本ユニシス株式会社
代表取締役社長
平岡昭良

平岡 当社は数年前にインキュベーション組織を立ち上げ、「みんなでチャレンジしよう」と呼びかけました。ですが、案の定というべきか、既存のビジネスが順調な部門からは「私たちが稼いだお金でインキュベーション組織は好きなことをやっている」と不満の声も上がり、当初は軌道に乗りませんでした。そこで、既存事業部門にもチャレンジを促したのですが、こちらもなかなかうまくいきません。新規事業立ち上げの難しさが骨身にしみたのでしょう、そのうち、既存事業のチームは「インキュベーションのチーム、よくやっているよね」と共感を示すようになりました。一方、インキュベーションチームも「事業化するためには、既存事業部門からのサポートが必要」と考えるようになり、お互いにリスペクトし合う雰囲気が生まれました。今では、インキュベーションチームを分け、既存事業部門の中に入れたりして、ときどき組織を揺さぶっています。1人が5対5、7対3などの割合で知の深化と探索の両方に取り組んでいるケースもあります。

森川 両方のチーム、あるいは文化が融合しつつあるようですね。これからが楽しみです。

ジャーナリスト
福島敦子氏

福島 ところで、森川先生は著書で「デジタル変革により、事業領域の再定義が促される」と指摘しておられます。今、「自分たちは何をする会社なのか」という問いに向き合っている経営者は多いと思います。デジタル時代に、なぜ事業領域の再定義が必要になるのでしょうか。

森川 シェアリングサービスが典型ですが、既存企業の事業領域に、新興勢力がデジタルを活用して入り込もうとしています。多くの分野に見られる現象ですが、この動きは幅広い産業に及ぶでしょう。安閑としていられる企業はないと思います。現行の業態やビジネスモデルに固執すれば、将来は危うい。既存ビジネスへのこだわりをいったん脇に置いて、自分たちの事業を再定義する必要があります。

変革のキーファクターは、
「清い心」と「人間力」、そして「志」

福島 日本企業において、事業を再定義しようという意識は高まっているでしょうか。

森川 そう思います。背景にあるのは危機感です。メガバングをはじめとする金融機関も本気で動き始めています。幅広い産業分野において、多くの企業が事業領域を再定義し、デジタルを活用して自らの姿を変えようと努めているように見えます。

平岡 当社は長年、IT業界に属する「システムインテグレーター(SIer)」と呼ばれてきました。しかし、1年ほど前から決算発表などの席で、「もはや、システムインテグレーターとはいえないのではないか。日本ユニシスの業態をどう表現すればいいのか」といった質問を受けるようになりました。うれしいことですが、残念ながら明確な回答を持ち合わせていません。できれば、いずれ「新しい業態をつくった」と、周囲から評価してもらえるようになりたいと思っています。

森川 以前からだと思いますが、日本ユニシスのような業態は、幅広い産業分野と接点があります。ビジネスエコシステムへの取り組みを強化すれば、外部との接点はこれまで以上に増えるでしょう。組織全体として、あらゆる産業やビジネスについて一定以上の深さで知っていなければなりません。これは相当に負荷のかかることだと思います。各分野の専門家から学ぶ姿勢は重要ですが、おそらく、それ以上に重要なのが「人間力」です。利害の異なる多くのパートナーを巻き込み、困難があったとしても、それを仲良く乗り越えていくためには清い心と人間力が不可欠。ビジネスオンリーの姿勢では、多くの人たちを動かすことはできません。

平岡 「志」に共感してもらえるかどうか、ですね。まずは、自分が夢を描いて志を立てること。そして、志の実現へと至る道を熱く語れる発信力を持ち、志への共感の輪を広げ、周囲を巻き込みチャレンジする。そんな役割を担うのが「カタリスト」です。ここ数年のビジネスエコシステムへの取り組みの中で、社内にも多くのカタリストが育ってきました。例えば、最初にご紹介した合志市の例では、エンジニア出身のカタリストがプロジェクトを牽引しています。

福島 デジタル変革が求められる時代に、人間力や志といったアナログの要素が重視されるというのは意外な印象を受けます。

森川 デジタルの世界に閉じていたのでは、できることは限られています。カタリストはアナログの現場に分け入り、現場で働く人たちが何に困っているのか、何をすれば喜んでくれるのかを考え続けなければなりません。こうした泥臭い営みがなければ、デジタル変革はなかなか前進しないと思います。

福島 今回のお話を通して、今、企業に求められているデジタル変革の本質が浮かび上がったように思います。本日はどうもありがとうございました。

Profile

森川 博之(もりかわ・ひろゆき)
東京大学大学院工学系研究科教授 博士(工学)
1987年東京大学工学部電子工学科卒業。1992年同大学院博士課程修了。2006年東京大学大学院教授。モノのインターネット/M2M/ビッグデータ、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究開発に従事。電子情報通信学会論文賞(3回)、情報処理学会論文賞、ドコモモバイルサイエンス賞、総務大臣表彰、志田林三郎賞など受賞。OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副議長、新世代M2Mコンソーシアム会長,総務省情報通信審議会部会長など。著書に『データ・ドリブン・エコノミー』(ダイヤモンド社),『5G』(岩波新書)など。
平岡 昭良(ひらおか・あきよし)
日本ユニシス株式会社 代表取締役社長
1980年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。2002年に執行役員に就任、2005年から3年間CIO(Chief Information Officer)を務めた後、事業部門責任者として最前線の営業・SEの指揮を執る。2011年に代表取締役専務執行役員に就任。2012年よりCMO(Chief Marketing Officer)としてマーケティング機能の強化を図る。2016年4月、代表取締役社長CEO(Chief Executive Officer)/CHO(Chief Health Officer)に就任。
福島 敦子(ふくしま・あつこ)
ジャーナリスト
中部日本放送を経て、1988年独立。NHK、TBSなどで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や、週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに700人を超える経営者を取材。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。農林水産省林政審議会、文部科学省の有識者会議の委員など、公職も務める。著書に『愛が企業を繁栄させる』『それでもあきらめない経営』など。

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