鼎談:「データ・ドリブン・エコノミー時代」に備える企業経営の在り方(前編)

組織に刺激を与え、一人ひとりの「気づき」を促すことがDX成功のカギ

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AIやIoT技術などデジタル化の進展・社会的な浸透を受けて、多くの企業が新しいビジネスやサービスの創出を目指している。こうした背景の中、企業の将来はデジタル変革(デジタルトランスフォーメーション:DX)の成否が左右する。では、デジタル変革を成功に導くアプローチとはどのようなものだろうか――。多数の著作をはじめ、さまざまなメディアでデジタル化の本質について論じている、東京大学大学院工学系研究科教授の森川博之氏をゲストに招き、日本ユニシス代表取締役社長の平岡昭良、ジャーナリストの福島敦子氏の3人が意見を交わした。(以下、敬称略)

AIやIoT技術の進化に伴い、
日常のアナログプロセスがデジタル化される

福島 クラウドやIoT、AIなどの技術がそろってきたことで、従来のアナログプロセスがデジタル化される――。森川先生は著書『データ・ドリブン・エコノミー』(ダイヤモンド社、2019年)などで、こうした考えを示しておられます。デジタル化の進展を受けて、今後、産業やビジネスの姿はどのように変わるのでしょうか。

東京大学大学院
工学系研究科教授
森川博之氏

森川 結論から言えば、どう変わるかは分かりません。しかし、あらゆる産業のさまざまなレベルでデジタル化が進行することは間違いありません。今、デジタルの技術やツールは着実に身近な生活の中に浸透しつつあります。ときどき、地方に出かけて商工会議所などの方々と話をすることがありますが、最近は経営者の意識の変化に驚かされます。「ウチもデジタルをやっている」「やらなければいけない」といった発言を聞くことが多いのです。幅広い分野でのデジタル化の進行を実感します。顧客接点などのアナログプロセスがあるのは現場。したがって、現場の人たちにデジタル化の余地がどこにあるのかを気づいてもらうことが重要です。『何をデジタル化すれば効率的なのか』を知り得るのは、既存のアナログプロセスに向き合っている現場の人たちなのです。

ジャーナリスト
福島敦子氏

福島 IoTやAIといった言葉が先行しているせいか、「デジタル化は自分たちにとっては敷居が高い」と感じてしまう人も少なくないような気がします。

森川 デジタルツールは、どんどん使いやすくなっています。例えば、現場でExcelを使うだけで、大きな成果につながることもあります。だからこそ、多くの人がデジタルを手軽に使うような環境が重要です。私自身もさまざまな地域や現場を訪れて、デジタルを活用する草の根の活動を応援しています。

平岡 アナログプロセスのデジタル化により、産業や社会構造が変わる可能性もあるでしょう。それぞれが強みを持つプレーヤーがデジタルでつながり、世界中で新しいビジネスやサービスが生まれています。私たちはこうした中で、複数の企業や団体がパートナーシップを組み、業種・業界の垣根を越えたビジネスエコシステムを形成し、その中核として社会課題を解決するビジネス創造を実現していきたいと考えています。

「データドリブン」の
ビジネスエコシステムが動き出した

日本ユニシス株式会社
代表取締役社長
平岡昭良

平岡 ビジネスエコシステムについて、熊本県合志市の例を紹介しましょう。2016年4月に熊本地震が起きた後、熊本出身の当社役員が現地に向かいました。「当社が役に立てることはないか、探してきてほしい」といって送り出したのですが、適当な案件がなかなか見つかりません。それでも、当人は何度も現地に足を運び、地元の皆さんと語り合ったそうです。そんな中で、幸運な出会いがありました。熊本市に隣接する合志市は、十数年前の自治体合併により生まれました。合志市が掲げる「健康都市こうし」の実現に向け、同市と熊本大学、フィットネスクラブなどの事業を展開するルネサンス、当社を含む4者が協業して現地にフィットネス&コミュニティスペースを開設。かつて庁舎があった建物を改装し、今年2月から「フィットネス&コミュニティ コレカラダ」が走り出しました。現地で運営にあたるのは、地元出身の若者が起業した会社です。

福島 スタッフなどの雇用にもつながりますね。フィットネスジムとしての特徴はどのようなものですか。

平岡 フィットネスマシンなどで運動をしてもらうだけでなく、利用者の未病状態のデータ(心拍数、血圧など)をお預かりし、熊本大学と当社が分析にあたります。データドリブンで地域の健康増進を目指すビジネスエコシステムは、ほかの地域への横展開も視野に入れています。

森川 これまでの医療が病気になってから診療する「リアクティブ型」だとすれば、私たちの社会が将来目指す方向は、日常的に取得するデータに基づいた「プロアクティブ型」の医療でしょう。デジタル化によって、今後の医療システムは大きく変わります。その先駆けともいえる事例ですね。

福島 合志市の例では、人と人とのつながりの中で新たなビジネスの芽が生まれました。こうしたビジネスエコシステムへのチャレンジは、合志市以外にも多いと思います。ですが、新しい取り組みには、『取り組んでみなければ成功するかどうか分からない』という不確実性も伴います。平岡社長が、一人の経営者として、こうした不確実性の高い分野にも果敢に挑戦していく理由を教えてください。

平岡 当社は長年にわたり、受託開発を事業の主軸としてきました。お客さまから「こういうものが欲しい」という要求があり、要求通りのシステムを構築、運用する仕事です。しかし、デジタル時代を迎えた今、お客さまにとっても、課題や要求すべきことが見えにくくなっています。そこで、私たちは「従来型のビジネスモデルから一歩踏み出し、お客さまと一緒に課題を掘り起こし、新しい価値づくりに挑戦しよう」と考えました。「お客さまからの要求を待つのではなく、自ら動き、周囲を巻き込んで新ビジネスの立ち上げを目指す」ということです。そのために創発を喚起するための時間的な余裕をつくりました。例えば、エンジニアに「週に1度、通常業務以外のことに3時間連続で取り組む」という社内ルールを設けたのもその1つです。ある程度の“遊び”がなければ、新しいことをやってみようという気も起りませんからね。

森川 なるほど。経営者として、勇気ある決断ですね。あるいは、余裕があるからできるのでしょうか。ぜひ聞いてみたい部分です。

平岡 ええ。業績への影響は覚悟していましたが、実際にやってみると不思議なことが起こりました。既存ビジネスの生産性が30%以上アップし、売り上げは落ちませんでした。「ワクワク感」をもって取り組めることがあると、「日常業務を効率よく終わらせよう」という気持ちになるようです。余裕があるからできたのではなく、実は、やってみたら余裕が生まれたということです。人間の可能性には、底知れないものがありますね。

組織に刺激を与えて
イノベーションの実現を目指す

森川 お話を聞いて、量子コンピューティングでよく使われる「アニーリング」という言葉を思い出しました。簡単に説明すると、いろいろなものをランダムに揺らして最適解を探るというアプローチです。イノベーションを実現するためには、組織においても「揺らすこと」が重要。組織が固定的だと部分最適に走りがちですし、新しい発想も生まれにくくなる。そのあたりを意識して、組織に刺激を与えているのではないかと推察します。

平岡 おっしゃる通りです。ただ、中途半端に組織が揺らぐと、後で強い揺り戻しが起きます。そこで、たびたび組織改編を行うなど、大きく揺らすようにしています。多少の揺り戻しがあっても、以前のようなやり方や意識に回帰することはありません。

森川 あるグローバル企業は、頻繁に人事評価の仕組みを変えているそうです。社員は苦労して新しい制度に適用しようとするので、当初は不満の声も相当出ていたようです。しかし、繰り返し制度を変更するうちに、社員のほうが根負けして諦めたそうです。「現行制度で高評価を得よう」と考えるのをやめ、本質に立ち返った。つまり、「自分は何のために仕事をしているのか」「誰に対して価値を届けたいのか」と考え始めたそうです。これらは人事や組織を揺らして得られる効果の一例なのではないかと思います。

平岡 なるほど。当社のアプローチと似ているかもしれません。当社のような業態では産業別に組織を分けるのが一般的ですが、それをときどき揺さぶっています。例えば、金融と流通のチームを混ぜたり、製造と金融を同じ部門にまとめたり。しばらくすると、その組み合わせをほどいて、別のチームと一緒にしたりします。すると、金融機関の担当者であれば、流通や製造業のことも学ぶようになりました。製造業や流通に詳しい仲間から仕入れた知識を銀行に行って披露すると、その知見の幅広さが評価されてお客さまから喜ばれるそうです。組織を揺さぶることで、新たな気づきの重要性を一人ひとりが認識する土壌が生まれています。

森川 多様性が大事ですね。いろいろなバックグラウンドの人たちを混ぜることで、気づきが生まれる。私が普段接している工学系研究科の大学院生たちは、ともすれば技術の深掘りだけを考えがちです。そこで、意識的に経営者など外部の方を研究室に招くようにしています。すると、「この研究が世に出たら、誰がうれしいのだろうか」などと、経営者からは素朴な質問が次々に飛んでくる。質問に答えながら、学生たちが本質的な気づきを得ることがよくあります。

平岡 いわば「同じ釜の飯を食ってきた人」の多い集団は、限られた情報や価値観の中から判断を下すことも多く、どうしても視野が狭くなりがちです。世界を見ているつもりでも、その一部しか見えていない場合が多い。これでは、イノベーションは期待できません。組織を揺らし、時に部門の壁を壊しながら、豊かな多様性を育てたい。こうした取り組みを、今後はさらに加速させるつもりです。

>> 後編に続く

Profile

森川 博之(もりかわ・ひろゆき)
東京大学大学院工学系研究科教授 博士(工学)
1987年東京大学工学部電子工学科卒業。1992年同大学院博士課程修了。2006年東京大学大学院教授。モノのインターネット/M2M/ビッグデータ、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究開発に従事。電子情報通信学会論文賞(3回)、情報処理学会論文賞、ドコモモバイルサイエンス賞、総務大臣表彰、志田林三郎賞など受賞。OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副議長、新世代M2Mコンソーシアム会長,総務省情報通信審議会部会長など。著書に『データ・ドリブン・エコノミー』(ダイヤモンド社),『5G』(岩波新書)など。
平岡 昭良(ひらおか・あきよし)
日本ユニシス株式会社 代表取締役社長
1980年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。2002年に執行役員に就任、2005年から3年間CIO(Chief Information Officer)を務めた後、事業部門責任者として最前線の営業・SEの指揮を執る。2011年に代表取締役専務執行役員に就任。2012年よりCMO(Chief Marketing Officer)としてマーケティング機能の強化を図る。2016年4月、代表取締役社長CEO(Chief Executive Officer)/CHO(Chief Health Officer)に就任。
福島 敦子(ふくしま・あつこ)
ジャーナリスト
中部日本放送を経て、1988年独立。NHK、TBSなどで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や、週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに700人を超える経営者を取材。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。農林水産省林政審議会、文部科学省の有識者会議の委員など、公職も務める。著書に『愛が企業を繁栄させる』『それでもあきらめない経営』など。

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