対談:「2046年」――ENIAC開発から100年後の世界(後編)

2046年に向けて私たちは何をすべきか

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シンギュラリティを迎えた社会は人類にとってパラダイスなのか、それとも悪夢なのか――。誰にも確かなことを予想することはできませんが、来るべき未来を受け身になってただ待つのではなく、自ら変化を起こすという意気込みが大切です。前編に続き、エクスポネンシャル・ジャパンCOOの齋藤和紀氏と日本ユニシス総合技術研究所所長の羽田昭裕はさらに話を掘り下げていきます。

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生命科学/生命工学の進化が加速する

――シンギュラリティに向けて、どのような科学技術に注目すべきでしょうか。

羽田 ENIACの開発をドライブしたのは電子工学でした。その100年後のシンギュラリティをドライブしていくのは、やはり生命科学/生命工学ということになりますか。

エクスポネンシャル・ジャパン 共同代表 齋藤和紀氏

エクスポネンシャル・ジャパン 共同代表
齋藤和紀氏

齋藤 そうですね。この先、エクスポネンシャルカーブに乗っていくのは、生命科学/生命工学であると考えて間違いありません。実際、ここ数年におけるゲノム解析の進化は目覚ましく、「生命はデータである」ことが明らかになりました。遺伝子操作や遺伝子編集といった分野は、すでに完全にコンピューティングの領域に入っています。これはカーツワイル氏が提唱したシンギュラリティのビジョンとも合致しています。

羽田 シンギュラリティ大学の創始者の1人、ピーター・ディアマンディス氏は「エクスポネンシャルの6D」として、デジタル化(Digitalization)、潜行(Deception)、破壊(Disruption)、非収益化(Demonetization)、非物質化(Dematerialization)、大衆化(Democratization)の6つの成長ステップを定義しています。生命科学/生命工学はどのステップに達しているとお考えですか。

齋藤 私たちが認識している時点で、すでにDisruptionに入っています。もはや進化の加速は止まらなくなっており、その意味ではここから先はカオス的な世界となっていくかもしれません。

羽田 そこにAIのようなテクノロジーが融合していくことを考えると、極論するならば人類は"死"や"老い"も克服する時代になるかもしれませんね。そうなるとライフサイクルを前提に築かれてきたこれまでの社会構造は激変する可能性があります。

齋藤 人類が"死"や"老い"を克服するかどうかはわかりませんが、私がむしろ注目しているのは、寿命が延びることではなく、凝縮されることです。例えばかつての経営者は1つの会社を創業し、その会社を育てるために自分の一生をかけてきましたが、そのサイクルが何倍にも高速化していきます。

日本ユニシス総合技術研究所 所長 羽田昭裕

羽田 昔は人生50年ともいわれ、1人の人間が成し遂げられることには時間的な限界がありましたが、これからはあたかも400歳、500歳生きたのと同じくらいのことを一生の中で行えるようになるというイメージですか。

齋藤 おっしゃるとおりです。すでにその兆候は表れており、先に例に取ったような起業であれば、現在のテクノロジーを活用することでも、そのサイクルを1人の人生の中で4、5回は繰り返すことが可能となっています。今後、このスピードはまさに無限大となっていくでしょう。そうした観点からシンギュラリティの時代を前向きに捉えると、失敗を恐れることなく何度でもチャレンジできる社会の実現が期待できます。

AIに勝てない時代に設計すべきキャリアとは

――2046年に迎えるとされるシンギュラリティの時代に、私たちはどのように臨むべきでしょうか。

齋藤 先にも述べたようにシンギュラリティは、私たちに何度でも挑戦できるチャンスを与えてくれる可能性もあり、ぜひ前向きに捉えて将来に臨んでほしいというのが私の思いです。ただし、10年先、20年先を見据えたスピード感で自分のキャリアを設計していく必要があります。

羽田 残念ながら、これまで人間が担ってきた多くの仕事が、AIに代表されるテクノロジーに奪われていくのは否定できない事実ですからね。

齋藤 例えばチェスや囲碁のチャンピオンとAIの対決を見てもわかるように、いったんテクノロジーに"壁"を突破されてしまうと、人間の力ではもう二度と太刀打ちできません。すし職人のような仕事についても、現在は人間が機械に勝っているため10年以上の歳月をかけても修業を積む意義があるわけですが、今後AIを搭載した知能ロボットが登場し、ベテラン職人を上回る技能を再現できるようになった瞬間に10年の修業は一気に無意味になってしまう可能性があります。そうならないための生き方を考える必要があります。

齋藤和紀氏

羽田 AIを打ち負かそうと思ってどれだけ研究しても、相手はエクスポネンシャルなスピードでさらに先に進んでいくならば永遠に近づくことはできません。かといってAIから学ぼうとしても、根本的に人間とまったく違った学習や推論を行っているため理解できません。こんなことを言うと身も蓋もありませんが、同じ土俵の上では、ムダな努力になるでしょう。そんなことに固執するのではなく、人間は人間ならではの強みを発揮できる部分にもっとパワーを割いていくべきです。私はやはりそれは感性やビジョンを描く力に帰結していくと考えています。

齋藤 同感です。例えば囲碁でAIに負けそうになったとき、台(碁盤)をひっくり返したり、いっそルールを変えてしまえと開き直ったりできるのは人間だけです(笑)。

羽田 確かにそういった"感性"は人間しか持ち合わせませんね(笑)。

齋藤 その意味でも私はシンギュラリティを前向きに捉える、さらに言えば楽観視することが大切だと考えています。例えば環境や食糧といった人類共通の課題(グローバル・グランド・チャレンジ)をテクノロジーによって解決できると本気で信じて取り組むならば、あくまでも人間主導でイノベーションを起こすことができます。

人々のマインドセットを変えることが必須

――まさに信念の持ち方一つで、AIを従えるのか、支配されるのか、シンギュラリティの捉え方はまったく違ってくるわけですね。

齋藤 ただし人々のマインドセットが変わらなければ、日本だけがこのイノベーションから取り残され、エクスポネンシャルな進化に乗り遅れてしまう恐れもあります。いったん乗り遅れたら二度と追いつくことはできません。シンギュラリティ大学では「10億人によい影響を与える」ものとして、教育、エネルギー、環境、食糧、健康、繁栄、安全、水、宇宙、防災力、統治機構、住居の12の課題を設定しています。こうしたグローバル・グランド・チャレンジに向けて、エクスポネンシャルな思考をしっかり行っていける環境を日本の社会に根付かせていかなければなりません。

羽田 生命科学に続く、現在は潜行している科学や技術もありそうで、もっと大きなインパクトがあるかもしれません。そういう未来に対して楽観的な信念を持ち、大きなビジョンを示して、飛躍的な組織をつくり上げる人が多数出てくることが求められているということですね。とはいえ教育制度のようなものは、すぐには変わりません。

齋藤 おっしゃるとおりです。特に行政は目の前の課題に対してしか施策を起こすことができません。しかし、今プログラマーが足りないからといって今のプログラミングという概念に基づいた教育をすることに本当に意味があるのかは考えた方がよい。10年後、20年後、さらにAIが進化したシンギュラリティの時代に現在の概念で言うところのプログラミングスキルが必要とされるかどうかはわかりません。学校や家庭の教育で足りないところは地域コミュニティで補っていく必要があり、エクスポネンシャル・ジャパンもキッズ向けのイベントを支援しています。

羽田 そうしたムーブメントをぜひ全国的に起こしていきたいですし、日本ユニシスとしても自治体と協力した積極的な活動を開始しています。様々な地域イベントを通じて手応えを感じるのは、想像以上に子どもたちの反応が大きいことで、それに呼応するように親や先生たちも乗ってきます。地域コミュニティから子どもたちの好奇心を育てていくことはとても重要です。

齋藤 地道な取り組みかもしれませんが、地域コミュニティで学んだ子どもたちがやがて成長して社会に出て、エクスポネンシャル・オーガナイゼーション(ExO=飛躍的組織)の担い手になってくれればと思います。

集合写真

Profile

齋藤 和紀(さいとう・かずのり)

エクスポネンシャル・ジャパン共同代表

1974年、北海道生まれ。98年早稲田大学人間科学部卒。2009年早大大学院ファイナンス研究科修了。製造業、金融庁、外資系企業、ベンチャー企業などを経て現職。15年に米シンギュラリティ大学のエグゼクティブプログラム修了。2017年からシンギュラリティ大学グローバルインパクトチャレンジ・オーガーナイザー。