大きな関心を集めているIoT(モノのインターネット)だが、実際にどこまで活用されているのだろうか。活用されていないとするなら問題はどこにあるのだろうか。IoTの現状や活用事例を踏まえながら、IoTに対するアプローチの方法、課題解決に向けた方向性、具体的な課題解決策などについて、様々な角度から考えてみたい。
ITベンダーとの関係性がIoTを活用するカギに
IDC Japan株式会社
Worldwide IoT Team
コミュニケーションズ
シニアマーケットアナリスト
鳥巣悠太氏
実際にIoTはどんなところで使われているのだろうか。IDC Japanの調査では、2016年のユースケース別IoTの支出額を見ると、製造オペレーション、製造アセット管理、コネクテッドビルディング、輸送貨物管理など12のユースケースで全体の8割が占められ、中でも製造業の支出額が突出して大きい。
しかし、普及という意味ではまだ途上にあるようだ。IDC Japanの鳥巣悠太氏は「IoTの利用が進んでいるのは製造業。ただし利用率は大手製造業で17.3%、中小では4.9%にとどまっています。その分、伸びしろが大きい、という見方もできます」と語る。
IoTが浸透していない理由について鳥巣氏は「PoC(コンセプト実証)はうまくいっても本番にスケールしない」と現状を分析する。IoTについては試しておきたいが、本格的に展開するまでに至らないケースが多いということだ。鳥巣氏は「当初から経営者を巻き込んでいなかったり、経営者がROI(投資利益率)を気にし過ぎたりすることがあるのでは」と指摘する。
「ROIを気にしすぎるとIoTは成功しづらい。アジャイルな発想を持ってとりあえず本番に取り組み、失敗しても次に生かすというフェイルファーストが重要です」とマインドセットの転換を促す。
株式会社NTTドコモ
執行役員
法人ビジネス本部
IoTビジネス部 部長
谷 直樹氏
一方、別の課題も指摘される。M2M時代からIoT領域のソリューションを提供し、IoT案件では豊富な実績を持つNTTドコモの谷直樹氏は「IoTの要員が不足していること、構築・運用のノウハウがないこと、導入効果が予測できないこと、そしてセキュリティに対する不安」を挙げる。NTTドコモの調査では、導入後に「導入効果が出なかった」とする企業は約15%に上るという。これも次のステップに進めない要因になる。
鳥巣氏は「IoTが普及するためには、ITベンダーがITの仕入れ先ではなく、共創のパートナーにならなくてはなりません。ユーザーと対等の立場で一緒につくっていくという関係性を構築することが大事なんです」と語る。ユーザーにノウハウがない現状を打破するためには、ベンダーの取り組み姿勢が大きなポイントとなる。
ITベンダーに求められるビジネス視点の価値の提示
ユニアデックス株式会社
エクセレントサービス創生本部
IoTビジネス開発統括部
統括部長
山平哲也
ベンダー側としては具体的にどんなアプローチをしているのだろうか。これまで多くのIoTプロジェクトを手がけるユニアデックスの山平哲也は「アプローチの方向性は見えてきました」と語る。
同社では昨年7月に「IoTエコシステムラボ」を開設し、IoTの技術を提供する企業と、導入して活用する企業をつなぐ活動に取り組んできた。そこから生まれてきた事例の一つが、徳島県鳴門市の「THE NARUTO BASE」である。ITやIoTを活用して農業生産者と消費者を結び付ける共創のための施設だ。そこにはユニアデックスが開発した利用状況を見える化した「スマートトイレ」が導入されている。これもIoTエコシステムラボの成果だ。
「センサーとネットワークモジュールを提供するアルプス電気と一緒に、個室トイレの活用についてのシナリオを作り、デモをお見せしました。店舗のオペレーションや従業員の意識改革をイメージさせるシナリオによって提案したことで納得してもらえました」と山平は話す。IoTを普及させるには、こうしたユーザー視点に立った提案が必要になる。
谷氏は「製造業でも物流でもIoTによってモノの動きを見える化できます。大事なのはセンシングとクラウドでどんな価値を生み出せるのかを提示すること」と語る。
IoTでは、リアルな空間で温度や人の動きなどをセンシングして、データをクラウドに蓄積し、分析してフィードバックするという一連のサイクルが基本になる。「製造業では、IoTによる工場の見える化の次には、製品のIoT化による製造業からサービス業への転換が考えられます。どこで価値を感じてもらうかが重要です」(谷氏)
なお、今年4月21日には、NTTドコモ、日本マイクロソフト、ユニアデックスの3社によるIoTビジネスに向けた協業を発表している。まずは今年の秋以降にMicrosoft AzureとNTTドコモの閉域網を連携させて、セキュアな製造業向けIoTパッケージサービスを提供するという。セキュリティの不安を解消するとともに、IoTのノウハウも提供していくのが狙いだ。こうしたユーザーの課題を解消する分かりやすいソリューションの登場もIoTの普及につながっていくはずだ。
人材と組織と経営判断でトータルなゴールを目指す
一方、IoT普及に向けてユーザー側にはどんな取り組みが求められるのだろうか。鳥巣氏は「デジタルビジネス革新には、人材と組織と経営者の決断の3者が必要です。IoTはまさにそういう領域です。特に重要になるのが組織の考え方です」と語る。
例えば、FinTechに取り組む大手金融機関ではCIO(最高情報責任者)の下に情報システム部門と業務改革部門が置かれて、CIOがデジタル革新に向けた取り組みを一元的にマネージしているという。「事業部門とIT部門が攻めと守りを分担するのではなく、攻守の機能を統合してトータルで取り組むことが求められているのです」(鳥巣氏)
多くのIoTプロジェクトを担当してきた山平は「IoTプロジェクトでは、現場の視点と経営の視点の擦り合わせが必要」だと指摘する。そこで提案するのが「デジタルカイゼンループ」を取り入れることだ。広い視野に立ち、異業種企業との連携を踏まえた仮説とシナリオを構築し、仕組みを実装してから、評価と対策を繰り返していく。
「そこでやってはいけないのは、PDCAサイクルを回そうとしないこと、専門チームに任せないこと、そして中期経営計画にこだわらないことです」と山平は言う。PDCAサイクルを回そうとすると"P(プラン)"で時間を取られてしまい、専門チームに任せると企業全体への波及効果が弱まり、中期経営計画に縛られると変化に迅速に対応できなくなるからだ。
谷氏は「IoTは事業戦略に直結する取り組み。IoT導入は目的ではありません。何を目指してどんな事業を展開するのかが大事なのです。そのためには、IT部門と事業部門がしっかりコミュニケーションした上で、短期間で仮説検証して評価することが重要になります」と語る。今回の3社によるIoTパッケージもこうした活動を支援するものだ。
IoT Enabled Solutionでビジネス変革を推進する
IoTへの取り組みはまだ始まったばかりだといえるだろう。目指すべきゴールはどこにあるのか。鳥巣氏は「IoT Enabled Solution」という概念を示す。IoTを社内向けに利用するだけでなく、社外向けにも活用することで、新たなサービスや製品価値につなげようという取り組みだ。
航空機のエンジンメーカーであるGEがIoTを使ってサービスを提供するようなケースがこれに当てはまる。谷氏は「保険会社であれば、IoTを使って車の走行状態を把握して、保険料を算定したり、健康データを使って新しい医療保険を開発したりできるようになります」と同様の活用領域を示唆する。
鳥巣氏は「ITベンダー、企業、そしてエンドユーザーの3者が共同でソリューションをつくるビジネスエコシステムが社外向けの価値を生み出します」とIoTにおけるパートナーシップの重要性を重ねて強調する。山平も「異業種、異業務の共創と競争こそが新しいビジネスを創出する原動力です」と語る。日本ユニシスグループとしてIoTにどう注力していくのか。今後の展開にも期待したい。