日本企業は自前主義へのこだわりが強いといわれたが、最近は様子が変わってきた。オープンイノベーション、あるいはビジネスエコシステムへの関心が高まっている。こうした外部との協業を成功させるために、何が必要か? 一橋大学名誉教授の石倉洋子氏が変化する環境への洞察、ビジネスエコシステム成功への道筋について語った。
賛同を得られる共通の目標を掲げ
ユニークな強みを持つ
テクノロジーの進化によって、様々な分野で新たな可能性が開かれようとしている。IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)、ロボットなどの急速な発展をベースに、第4次産業革命の動きが進行中だ。こうした環境変化を受けて、多くの産業と企業が変革を迫られている。一橋大学名誉教授の石倉洋子氏はこう指摘する。
一橋大学名誉教授
石倉洋子氏
「業界の垣根が高かった時代とは異なり、最近は『御社の業界は?』と聞かれて答えられないことがよくあると思います。例えば、自動車業界。以前は業界の定義が容易で、競合も分かりやすかったのですが、最近は様変わりしました。今では、既存自動車メーカーの競合としてグーグルの名を挙げる人もいます。多くの業界のルールが変わりつつあります」
こうした変化の中、注目されているのがビジネスエコシステムである。最近では、ほとんど資産を持たないままエコシステムをつくり上げたウーバー、エアビーアンドビーなどの動きが注目されている。
「エコシステムという概念は以前から使われていました。ただ、最近のエコシステムは以前と同じではありません。デジタルのプラットフォームによって、これまでとは違う形でエコシステムが進展しています。また、プラットフォームのビジネスの登場も新しい側面といえるでしょう」(石倉氏)
ビジネスエコシステムの持続的な成長の重要な要素として、石倉氏が強調するのは社会性である。
「1つの企業の利益だけにつながるということでは、ビジネスエコシステムは長続きしません。長期的な視点で、社会課題を考えるという側面が必要です。周囲の人たちと協働するためには、多くの人たちが賛同してくれるような共通の目標がなければなりません」
「ビジネスエコシステムへの関わり方は一様ではなく、プラットフォームを担う中核企業になっても、パートナーとして参加してもよいでしょう。ただし、いずれにしても、自社のユニークな強みが必要です。もしそれがなければ、中核企業になれないだけでなく、パートナーとしても長続きしないのではないかと思います」
ソーシャルスキルと
システムスキルが不可欠に
石倉氏は将来の仕事で必要とされるスキルについて調査・研究を行ったことがあるという。様々なスキルが取り上げられたが、石倉氏は2つのスキルに注目した。ソーシャルスキルとシステムスキルである。前者は多様な人たちと協力しながら物事を実行する力。後者はITスキルのようなものではなく、全体として何を達成するのかを理解し、そのためには何が必要かを考え、全体の中で自分の果たすべき役割を担う力である。
「私自身は、日本人のソーシャルスキルはかなり高い水準にあると思っています。ただ、これまでは同じ会社の中、同じ業界の中でソーシャルスキルを活用してきた。これからは海外、異業種を含めたオープンな世界でこの能力を発揮することが求められています」と石倉氏は言う。ただ、もう一方のシステムスキルについては、十分に開発されてこなかったのではないかと語る。
「ビジネスパーソンとの会話でよく聞くのは、『ウチの技術はすごい』という話です。確かにすごいのでしょうが、それにより社会や人々の生活がどう変わるのかという全体像を尋ねても、明確な答えが得られないケースが多い。そのような全体像を見る力がシステムスキルであり、ビジネスエコシステムをデザインする際の基本となるスキルです」
さらに、石倉氏はビジネスエコシステムにおける人の知恵や想像力の重要性を強調した。
「ビジネスエコシステムの成否を握るのは、結局のところ人だと思います。昨今、『AIが仕事を奪う』という類いの議論が盛んで、『AI対人間』という図式で捉えがちです。ですが、AIやロボットと人間が補完し合うことでどんな価値をつくり出せるかを考えてはどうでしょう。対立関係にあるかもしれないものを、いかに結び付けて、どんな価値をつくり出していくかを考えられることが重要で、それこそが、人間の能力を生かせるところですし、それがビジネスエコシステムをつくると思います」
では、そのような人材を育てるにはどうしたらよいか。石倉氏は、多様な経験をすることが重要と語る。
「状況が不透明な中で、誰とどのような協働関係を築けばよいかを考えることは、とても難しいものです。このようなシステムスキルは、同質化された環境にいては身に付きません。多面的に物事を捉える力は、いろいろな人と接し、いろいろな仕事をするという多様な経験の中で身に付くのです」
このような人材をどう育てるのか。あるいは、どう集めるのか。それは、成長を目指す全ての企業にとって切実な課題だろう。