最先端技術が集積する米国シリコンバレーでは、テクノロジーで社会の変革を志すスタートアップが次々と生まれ新たな価値創造に挑んでいる。多くの日本企業も次世代の成長ドライバーを確保し、事業革新につなげるべくその動向に注目している。 だが、参考にすべき情報は多岐にわたり、その質も玉石混交だ。現地に根を張り、最新情報を日本語で発信するTomorrow Access Founder & CEOの傍島健友氏と、BIPROGYグループの海外リサーチ拠点であるBIPROGY USAの皆川和花は「『何が正しいのか』『どこに注目するべきなのか』と悩む企業も多い」と話す。今回は、日本企業がシリコンバレーの情報を上手に取り入れ、イノベーションを生み出していくためのヒントについて語り合った。
確かな「目利き力」でシリコンバレー情報を迅速に発信
――日本企業がシリコンバレーの情報をキャッチアップする際、どのような点が課題になるのでしょうか。
皆川日米は近いようで遠いところがあります。BIPROGY USAとしては、この距離をどう埋めるのかを主眼に置いて試行錯誤しています。メルマガなども配信してきましたが、一方通行になりがちでした。そこで2020年に相互に情報交換ができるオンラインプラットフォームである「rickDoor」を開発し、これまで380本近いレポート記事などで情報を発信しています。このrickDoorは、外部からもアクセス可能なグループメディアで、今は情報交換の場としても800名程度の利用者に活用していただいています。最近では文字による情報発信だけでなくウェビナーも始めました。昨年は社内向けと社外向け、それぞれ6回ずつ開催しています。
日本企業はゼロから何かを生み出すのがあまり得意ではないと感じる部分もあります。だからこそ、面白いスタートアップの情報など、米国でゼロから生まれたアイデアを日本に伝えることが大切だと考えています。この中で私が感じているのは、シリコンバレーは日進月歩で変化し、それゆえに関連する情報が多すぎるという課題です。それだけにrickDoorはもちろん各種の情報発信の中で、何が正しいのか、どこに注目すべきかを精査して届けるべく キュレーション機能の強化・充実を図っています。
――Tomorrow Accessにおいて、情報発信をされる際に注力されているポイントはどのような点でしょうか。
傍島私は、KDDIに25年勤めて2021年4月に米国で独立しました。在職中はファンド運営の現場責任者やアクセラレーションプログラムの運営、国内外のビジネスパートナーとのコラボレーションなどクロスボーダーのビジネスを担当し、2015年からは米国に駐在していました。
設立したTomorrow Accessは日本とシリコンバレーをつなぐコンサルティング会社です。コンサルティング業務に加えて、これまでの経験から培ったネットワークを使って各業界のエキスパートを招き、毎月1回のペースで「01 Expert Pitch」を開催しています。このウェビナーでは、どんな技術やサービスが世界で注目されているのか、どんな面白いスタートアップがいるのかなどを日本語で解説しています。その狙いは大きく3つ。「日米の情報格差を解消すること」「正しい情報を届けて日米で感じる情報の温度差を無くすこと」、そして「シリコンバレーの最新情報を日本語でわかりやすくお伝えすること」です。皆川さんがご指摘されているように、日本企業はゼロからイチを生み出すことを苦手に感じる傾向にありますから、この部分をいかにうまくできるかが重要だと考えています。
――ウェビナーのテーマはどのような観点から選定しているのでしょうか。
傍島時流に即したテーマを軸に私自身が選定しています。培ったネットワークを生かして現場の最前線にいる方のお話を伺うことがポイントです。これまで、今後リテールがどのように変化していくのか、メタバースは来るのか、といったテーマでウェビナーを開催してきました。
――BIPROGY USAとTomorrow Accessの関係についてお聞かせください。
皆川前提として、海外で情報収集をされる企業の駐在員は滞在期間に限りがあり、現地に深く入り込むのは難しいという事情があります。そこで、私たちには「お客さまがどのような情報を求めているのかを理解し、何をピックアップしてお伝えすべきなのか」を見極める目利き力が求められます。この使命を果たすには幅広い情報だけでなく、深さも必要。Tomorrow Accessはシリコンバレーの最新かつ深い情報を持っているので、日頃から情報交換をさせていただいています。
傍島実は、シリコンバレーにいる日本企業はつながりを持っていて、垣根を越えて情報交換をするのが当たり前になっています。日本ではライバル企業でも、こちらではお互いが仲間として協力しあっている人たちが沢山いるのです。
明確な「ゴール」が事業革新成功のポイント
――シリコンバレーの情報をうまく取り入れ、イノベーションを実現する企業の特徴はどういった点にあるのでしょうか。
傍島成功するには、どのような課題をいかに解決するのかという事業戦略上の「ゴール」を明確にし、戦略立案、案件開拓、出資など各フェーズにおいて具体的にどのようなアクションをすべきか切り分けて理解することが不可欠です。そのポイントは、「どのタイミングで」「どういう情報を収集するか」という視点です。例えば、ある企業が 「最先端テクノロジーを活用した新規事業の立ち上げによって課題解決を図る」といったゴールを設定したとします。まず、この実現に向けた戦略立案フェーズでは、各種メディアなどを通じてシリコンバレーのトレンドを広く情報収集することになります。この段階では、日本にいてもできることは多くあります。次に、案件開拓や出資などの段階ではシリコンバレーに駐在員のようなスタッフがいた方が深く、有益な情報も入ります。 さらにPoC段階に入ったら、事業部門のメンバーをアサインしてPoC進捗や内容などを詳細に確かめて、相手先と今後について交渉する必要があります。
事業革新実現に向けた企業の各フェーズ
ところが、実際には「何かをやらなければならない」との思いが先行して、具体的なゴール設定を行わないままシリコンバレーに駐在させ、いきなりPoCに移ろうとする事例が多く見受けられます。これではかえって時間がかかりますし、無駄も多くなります。こうしたケースがこれまでもありました。先人が苦労した過去から学んで効率的にイノベーションを進めてほしいと感じます。「シリコンバレーの情報を取り入れてどのような課題を解決するのか」というゴール設定は、経営層やその近くにいる人たちの役割です。この点を踏まえた上で、現地の駐在員に具体的なミッションを割り振る姿勢が必要です。
皆川北國銀行さまのケースは理想的な成功パターンです。シリコンバレーに来るときには、「先端テクノロジーを持つスタートアップとの共創を通じて課題を解決したい」というゴールがすでにありました。そこで、テーマを絞ってお客さまと一緒に面白い企業を探し、伝手をたどって適切なスタートアップ企業との業務提携にまでこぎつけることができました。
――情報提供の際に心掛けられている点はどのような部分でしょうか。
皆川実は、「ゴールの設定そのものに悩まれる」お客さまも多いという現状もあります。BIPROGY USAとしては、お客さまが解決したい課題を見つけるヒントになる情報発信を心掛けています。rickDoorでは、Webの特性を活用して、鮮度の高いキュレーション情報配信を心掛け、ウェビナーでは、現地事情に詳しい人の話などを伺いながら、より深く考察し、自分なりの解釈を加えてお届けするようにしています。
傍島皆川さんのご意見に共感いたします。その上で、私自身は“妄想力”を大事にしています。1つの情報の背景や裏側に「どのような動きがあるのか、今後の展開はどうなっていくのか」を洞察することで、同じ情報を伝えるにもより深く、より広く届くようになると実感しています。例えば、シリコンバレーのとある企業がヘルスケア分野の経験を持つ人材を LinkedInなどで募集しているとの情報から、「その企業が今後ヘルスケアの事業を立ち上げるのでは?」と妄想するわけです。こういう発想を持って情報を精査している人たちが多いのもシリコンバレーならではと言えるでしょう。
柔軟に情報を取り入れイノベーションにつなげる
――情報をしなやかに取り入れるために、押さえたいポイントとはどのようなものでしょうか。
傍島米国は、日本よりも多くの分野で取り組みが常に先行していると感じます。この点を押さえて時間軸や情報の背景を少し意識することが必要です。例えば、2021年8月にメタバースのウェビナーを開催しましたが、その3カ月後頃に日本でも大きな話題になり始めた時期だったので、大きな反応がありました。この他にも、日本でIoTが注目され始めたのは2017年頃だと思いますが、その頃米国ではすでにブームのピークは過ぎてスタートアップの倒産が目立ち始めていました。シリコンバレーには世界中から優秀な人が集まり、新しいことが生まれる確率も高く、新陳代謝も早い。こうしたさまざまなイノベーションを育む土壌の違いにも目を向ける必要があります。
皆川米国と日本との商習慣や文化の違いを理解することが大切だと考えています。私たち自身も、情報をお客さまにお伝えする際にはこの点を強く意識しています。北國銀行さまの事例では、商習慣や文化の違いの架け橋になれたと自負しています。知ることは力です。文化が違う、土壌が違うということで一線を引いてしまうのはもったいない。私たちはお客さまのイノベーションを実現するための変換器、つまり通訳のような役割を果たしていきたいと考えています。
傍島確かに通訳みたいに文化を変換する役割は重要ですね。米国のスタートアップ企業と日本企業のミーティングを仲介して感じるのは、言語の違いより文化の違いが大きいという点。そのために、肝心の部分で会話が噛み合わなかったりします。そのギャップを埋めるのが私たちの役割です。
――今後についてはどのようなことをお考えでしょうか。
傍島今までやってきた「01 Expert Pitch」を継続して毎月開催していくことに加えて、最近ではスポットコンサルティングの提供も始めました。日本企業が新しいビジネスを始めるきっかけになればと思っています。これまで文化的な違いなどから、私たちの先人は多くの苦労を重ねてきました。それを踏まえた上で日本企業が無駄なく、最短でゴールに到達できるように支援していくことが私の使命。情報を取り入れ、しなやかにイノベーションにつなげていくために、日本企業には私たちのような存在を上手に活用してほしいと考えています。
皆川傍島さんは駐在員として米国社会に触れて、そのまま残ってビジネスを立ち上げました。それだけに広くて深いネットワークを持っていますから、「何となく情報を仕入れたい」というのではなく、聞きたいことを絞り込んで相談するのが効果的です。BIPROGY USAはその入門編として活用していただき、必要な情報のターゲットを絞った後は、米国に深く根ざすTomorrow Accessなどとも共に走っていく。こうした形でイノベーションを実現してほしいと考えています。
傍島シリコンバレーには、今、世界中から多くの人が訪れています。新型コロナ禍が落ち着きつつある中で世界は再び動き出しています。日本企業が立ち遅れないためには、到達すべきゴールを明らかにしてまず動くことです。私たちが手伝えることはさまざまにあります。共に歩んでいきましょう。
皆川どうやって成功したのか、なぜ失敗したのかなど、過去から学べることは多い。過去を学んだ上でアクションすることも大事です。私たちがそのお手伝いをさせていただきます。
Profile
- 傍島健友(そばじま けんゆう)
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Tomorrow Access, Founder & CEO
日本の大手通信会社KDDIにおいて25年間、携帯電話システムの無線技術者、経営戦略、新規事業戦略、スタートアップへの投資、イノベーション活動などさまざまな事業を経験し、マイクロソフト社との事業提携をはじめ、米国Facebook、Google、国内大手ゲーム会社GREE、コロプラ社などとの協業も担当、25名のメンバーを統率。スタートアップへ20社以上の投資経験があり、2015年からは米国シリコンバレーにて活動し、最先端技術からビジネスモデルまで幅広い知見を持つ。2021年4月米国シリコンバレーにて独立、Tomorrow Accessを創業。
- 皆川和花(みながわ わか)
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BIPROGY USA CEO&President
1997年、日本ユニシス入社。システムエンジニアとしてミドルウェア開発に従事後、コンサルタントに転身。その後、テレビ通販事業立ち上げ、運営責任者を経験。日本ユニシスグループ社長業務秘書として広報活動に従事後、2019年4月、NUL System Services Corporation(NSSC)のCEO&Presidentとなり、2022年4月にBIPROGY USAに社名変更。
BIPROGY USAについて
BIPROGY USAは、シリコンバレーを中心に、新ビジネス・技術情報の収集と発信を行うBIPROGYグループの海外リサーチ拠点です。2006年にシリコンバレーオフィスを開設して以来、北米を中心とした各種パートナーと連携し、BIPROGYグループとお客さまに対して情報発信と北米調査協力を行っています。